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パラレルワールド。
私は、毎日何考えて暮らしてるのかしらと自分でも呆れますが、考えてるってことは、私が考えたいから考えてるんでしょうねえ。物好きです。
頭の中で変なこと考えながら、何をしていたかっていうと、昨晩んのすき焼き風煮込みの残りに、うどん玉を入れて温めて、すき焼きうどん?を作ってました。
お昼は三男くんはいないので、私だけ。
今日は大学入試のセンターテストの日です。三男くんは、在校生は学校で模擬試験を受けてます。普段通りに登校。朝、近くの桟橋まで送っていったら制服姿の高校生が結構いて、今日は土曜日だけど高校は登校日なんだなあと思いました。受験生にとって、高校にしてみても、一大行事の日ですね。
さて、なんでパラレルワールドってこと考えてったのかということですが、自分の願いはもうすでに叶っている、という見方があります。例えば、私だったら、小説家になった私が存在している世界が、この現実世界とは別にあると。
たとえば、神社で私が小説家になれますようにって願うとします。その時の、私の意識の中では、私は、小説家ではありません。小説家になりたいと願う「小説家ではない人」ですよね。
小説家が、小説家になりたいとは願いません。小学生が、小学生になりたいなあとは願いません。主婦が主婦になりたいなあとは願いません。
私は、小説家ではなくて、自分の願いが叶っているのです。自分の意識の中では「小説家ではない人」なのだから、その願いが叶うってことですよね。
でも、今日、すき焼きうどんん作りながら、ふと、ふと、ですね、「私、小説家になってすき焼きうどん作ってる」みたいな感覚になったわけです。小説家が、息抜きに料理してる場面だよね、これ、みたいな。
なんか、「すき焼きうどん作りながら、気分は小説家」
これがね、自分でも、なんか笑えました。パソコンをカタカタしている時ではなくて、すき焼きうどんを前に、小説家気分ってね。
それで、面白いことに気がついたのです。小説家でなくてもなんでもいいのだけど、なりたい自分になっていたら、朝から晩まで、一分一秒漏らさずに、なりたい自分のままなんですよね。お風呂入ってようが、友達と話してようが、トイレしてても、ご飯食べっても作っていても、すき焼きうどん作ってても、なりたい自分のままの私。
私の場合だと、小説家だけど、小説家もどうやって暮らしているかは様々。私は、きっと、世間で小説家と呼ばれるようになっても、こんな暮らしをしてるんだろうなあと思いました。おそらく、なりたい自分になることって、ガラリと何かが変わることではなくて、す〜〜〜と自分の居場所がスライドしているような感覚なのかもしれないと思いました。
そして、スライドして行く先は、パラレルワールド。
宇宙船に乗って、さあ行きますよって、さあ到着しましたよっていうのではなくて、す〜〜〜と、スライドしてる。
さらに、はっきりと意識していなくても、瞬間瞬間、私たちは、パラレルワールドにスライドしているのではないかと思うのです。スライドできてる。大丈夫!!
スライドの先は、自分の意識、思考ではなくて、潜在意識も含む私自身の意識全体の願いに、対応している。こんなこと考えてなかったのに〜〜〜という世界に連れて行かれることは多いですが、魂レベルの話である場合もありますからね。
ちょっと話が逸れますが、チャネリングの時、瞑想の時、声が聞こえたり見えたりする時、それぞれ、微妙に感覚が違います。私の中では、私に伝達されてくる道筋が何通りかあるので、自分なりに整理はしているつもりではありますが。
で、最近、映像が見える時に、明らかに、解像度がアップした画面が、忽然と暗闇に、意識の中にですが、浮かんでくることがあります。映画のようにストーリー仕立てとかではなくて、ドキュメンタリー番組とかのタイトルバックのように次々に映像が流れてくる、そんな登場の仕方。
ある時、目を閉じていた時、人の顔が超リアルの浮かんできたのです。怖いくらいだった。4 Kか 8 Kくらい鮮明。私の意識の中の空想なのに、目を閉じた私の、その目の前にその顔が本当にあるように感じられたのです。
薄い瞼の表側と裏側で、違う世界がリアルに存在してる。その時に、パラレルワールドって、現実には見えていないけど、実際に存在するのかもしれないと体感したのでした。見えない世界って、ただ、普段見えないだけで、ないってことではないと。
という体験を、何日か前にしてたので、パラレルワールドはあるよね、ということに関して、自分自身の信頼が増しています。「パラレルワールド、あるでしょ」もう、変な人ではありますが、感情や感覚は無くせないし、一度感じたものは消えません。
大声で歌ってすっきりした、修学旅行のディズニー楽しかった、あの人に嫌な思いをさせられたなあとか、その時の気持ち感情ってずっと残ってるのと同じようなことです。
まあ、変なこと考えていること多い私ですが、考えた内容よりも、その時の感情体感、ああって叫びたくなったとか、すごすぎてさぶさぶが出たとか、背筋がぞくっとした、笑が止まらなくなったとか、体感をともなう感覚感情は、強く印象に残ります。
すき焼きうどん作りながら、考えていたことでした。
私は、すき焼きよりも、このおうどんが結構好きなので、すき焼きの時にはおうどんも同時購入です。
まとまってないお話ですが、すき焼きうどん作りながら考えたことなので、お許しください。また、もっと、これってピカッと閃いたことがあれば、シェアしますね。
そうそう、願いが叶った状態って、願いを意識していない状態のことですよね。そうなった時には、また、次の願いが人生に登場してくるのだと思います。
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