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瞑想の真似事のようなことをしていた時、ふと、本当に、ふと、お金のことについて気づいたことがありました。
私、わが家の借金、人に言えないぐらいあるけど、もしかしたら、心の底から心配していないのかも、、、、、、ということでした。心配ないとはいえない状況なのに、、、。
来月まで生活費がもつのかしらとヒヤヒヤしてます。三男くんの大学進学の費用も心配です。突然の出費になれば、即ピンチだし。先行きのこと考えて、脂汗が出たこともあるし。そして、家計はほぼ主人が回していて、私は全容を知らない。姑は、通帳はあなたが握りなさいと言われたけど、、、、そのまま。
一般的な家計の回り方ではないと思う。しかし、お金に関しての心配は、普通に存在していて、あれを買ったらこれは変えないとか計算してます。しかし、こんなにお金がないのに、なんとか暮らしているかもと思いました。お金のことでハラハラしないためにも、私がパートで働いていても不思議ではないです。でも、主人の気持ちにが出来ると、その分使うことのできる主人でもあります。主人とあれこれお金の使い方の改善の話し合いをしてもいいと思うけど、なんかそれで解決はしないと思えるし、逃げているのかもしれないけど、、、そんなことも考えました。
借金に対しては、主人があんまり抵抗がありません、多分。払えばいいから、、、、みたいな、、、、。私は、払えるのか心配、、、、借金は良くないもの、、、、節約してとにかく返そう、、、、主人は借金あっても生活はあるし、、、一つ一つ感覚が違います。それぞれのお金に対する常識、ずれてます。こういう感覚的なことは、話し合いでどうなることではない気がしてます。
そういう主人に対して、私が、どう対処するかという話で、私は、主人に任せた、とどこかで決めたのだと思いました。どういう結果が出ても、引き受ければいいだけのことですからねえ。多分、私は、やりくりするよりも、そちらの方が自分の性に合っていたのかもしれません。主人が、なんとかする、というのだから、なんとかして下さいという。そして、頼んだのは私、ダメだったら、頼んだ私が馬鹿だったと結果を受け止めるということですね。
私は、物書いたり本読んだりするのを、主人に止められたことはありません。きっと、心配してないかもというのはそういうところが自分にあるからなのかと思ったのです。超セレブな暮らしが目的ではないので、最低、本読んで、あれこれ物書いて暮らせたらいいみたいなところがあるから、それは、ずっとできるだろうと思うから。セレブな暮らしと主人と綱渡りみたいな暮らしだったら、主人と一緒なら綱渡りみたいな暮らしでもいいかもしれないと思います。
それで、このところお金の苦労が絶えないので、最後は、年収ウン千万お願いしますと頼みましたが、死んでも無理かもと言われました。期待してるのだけど、、、。
話は瞑想中のことに戻りますが、ふと、私はお金のことを心の底から心配していないのでは?という感覚は、私の意識に引っかかりました。そして、そんなこと思ったこともないのに、、、。
お金は、私にとって節約するもの、心配するもの、何かに備えて貯金するもので、今でも、私の基本はそうだと思います。現実には、お金の心配があって当然のわが家ですから。
この瞑想中の一瞬の感覚でしたが、リアルだったので、本当に、お金に対して心配していない一瞬が、私の意識の中に現れました。
ポンと、なんのきっかけもなく、不思議でした。瞑想中には、何が起きるかわかりませんね。
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