私的には、平板読みの方が、やや好きですが、
んなことは、どちらでもいいです。
ちゅうか、どちらが正しいか興味がない。
せっかくの言葉のニュアンス、
無理やり決めないでほしい。
しいていえば、
頭高、れいわ、は山の手言葉で、
平板、、れいわ、は下町ことば、かなあ、、ってくらいで。
加山雄三の、ぼかあしあわせだなあ~(鼻すりすり)といっしょ。
山の手育ちのボンボンが、
湘南で遊びまくって、悪ぶって
気取って下町ことばを使う、あれですね。
ご実家に帰ると、お母様ぼくはね。。となります。
どっちもあり。
立場や育ちや相手によって変わるし、
フラット化現象など、時代によっても変わる。
だからこそ、表現者は細かく使い分けをするセンスを持つべき。
映画を、登場人物がみんな
えいが、と統一して言っているのには
少し違和感を覚えてしまいます。
あれ、ちがったっけ?
へんなこと言ってたらごめんなさい。
こちらが、京都の日本手話研究所が
新たに定めた
令和の手話です。
わ、の所でちょうど手が開き、
やりやすいですね。
すてきかも。
明治はひげ、大正もひげ、
昭和は縦襟?(軍服とか学生服の詰襟のことかな?)
私は学生服だったので、われたカラーが首に刺さる痛さが懐かしいです。
平成は、平た~く。
梅がポッと咲く令和の手話は、
すっきり美しいですね。
あたらしい何かが生まれてきそう。
令和、私はすきです。
平和で文化あふれる、やさしい時代になりますように祈ります。
(日本手話研究所さんより拝借いたしました)

