「ジャッジしない」とよく言いますよね。
私もこれは大事だと思う。
自分にも人にも。
「人を裁くと自分にも返ってくる」とも思うし。
裁く基準は、自分の価値観ですよね(当たり前)
その中で、社会的に「正しい間違っている」「良い悪い」とされていることは、
いわゆる「常識」。
それを、人や自分に当てはめてジャッジするてのは、
やっちゃいがちだけど(人間は、自然にやるようにできてるみたいだけど)
なるべくやらない方がいい。
他者にも自分にも「常識」で優劣をつけて、
価値がある、ない、まで判断する。
劣っていると判断されたら、劣等感を植えつけられて、自己否定してしまう。
そして生きづらくなって、ウツになってしまうことだってあるわけです。
私は、人に何かを押し付けたり、押し付けられるのが苦手で(~_~;)
ちゃんとできないもんで、ちゃんとした人に裁かれると逃げたくなる(ダメダメ)
逆に仕事では、理詰めで正論で相手を責めたりしたのでよく嫌がられた(笑)
それに気づいてからは裁いたり、責めたりせず、
自己主張はして円滑にコミュニケーションをとることを心がけました。
良いこと、すばらしいことは賞賛すればいいと思いますが、
だからと言って、できないこと、ダメなこと、悪いことをジャッジしたり、
非難したりは、なるべくしたくない。
そもそも、ジャッジする価値観が誰のものかてことです。
いわゆる「常識」をふりかざすことに抵抗がある(笑)正論とかね。
そりゃ、優秀で賢く、努力家で、品行方正で、女性らしく、
どこに出しても恥ずかしくない人になりたいですよ。
でも、無理なんだもん。
もう、しょうがないわ~とあきらめました(笑)
自分の弱い部分、ダメなとこを許して「しょうがないんだも~ん」と
笑い飛ばして開き直ると、とっても楽になるし、人にもそうなれる(オススメ)
そんで【自分の正誤善悪】で物事を判断するようにする。
自分で答えを出す。
自分の価値観で判断はするけれども
「他者や自分の優劣、価値まではジャッジしない」てことですかね。
誰にでも価値はあるわけだし、
何でも、自然現象のように【そういうもの】と
ニュートラルに捉えるようにすればいい。
そこから【自分はどうしたいか】てことを考えればいい。
で、ジャッジしないと言っても「嫌なものは嫌でいい」。
嫌なものは、理屈なんかなくていいし全力で拒絶すればいい、と思います(^^)
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