眼下に現われた岐阜のマチュピチュ
5ヶ月振りの個人山行。昨年12月に問題が見つかり3ヶ月待って手術、入院。4月一ヶ月間、体力の回復に努めやっと少し登る気力が出てきた。手始めにどこへ行こうか考えた末に岐阜のマチュピチュへ小島山経由で歩いてみることにした。果たして萎えた足でどの程度歩けるか。
登山当日、蒸し暑い夜のせいで熟睡できず弱気になって中止も考えたが4時半過ぎに家を出た。曇天、朝の湿度90%、16時から霧雨というappleの天気予報なので展望などは期待しないでおこう。6時過ぎに登山口近くの”白樫城登り口”の石碑がある集会所の駐車地に駐車。
6時過ぎにスタート。しばらく静かな樹林帯の広い道を進む。途中に立派な寺院があった。しっかりした獣侵入防止柵にある扉のチェーンを外して入山し、そこから数分で登山口があった。最初から急登が続くがそこをクリヤーすれば比較的平坦な歩きとなることを1/25000の紙地図で確認済みであるので暫くの我慢だし、まだ体力十分なのでグイグイと高度を稼ぐ。ただ湿度が高いせいもあってか汗が早くも止まらない。1時間ほど進んで白樫というところで最初の休憩をとる。8kg担いでいるが足元がふらつくようなこともなく思いの外、順調だ。
最初のピークである小島山に8時7分に無事に到着し、まずはほっとする。ここまで約2時間かかった。
頂上のプレートの写真を撮り、数分立休憩をしてから先に進む。少し進むと立派な林道が現れ尾根の登路と並んで続いている。地図を見ると林道は次の目的地であるムネ山直下まで続き、更に先に伸びている。林道を歩くのは味気ないので尾根筋のトレースをたどっていくが林道を利用したほうがはるかに体力的に楽ではある。気が付かなかったがこの林道は地図で確認すると小島山ピークよりかなり下まで林道は伸びているようだ。
八時半ころ、古賀池の看板のある付近に到着。ここから踏み跡が無い急斜面を適当に登った先の尾根を左に暫く進むとムネ山頂上に到着した。展望は鎗ヶ先方面が少しで冴えない。再び古賀池の標識付近にまで戻り、そこから直角気味に西方向に折れて最後のピークである奥谷山へ向かう。途中にあるはずの古賀池付近に寄ったが池は落葉に埋もれいたせいか、それとも水がかれているのか定かでないが確認出来なかった。
ここから思い出したように樹林帯につけられた明瞭な踏み跡を大きな声で歌いながら進む。歳のせいで声がかすれ、力まないと声がでなくなってきた。意識的に歌わないとますます出なくなるので歌うようにしているのだが。熊よけになっていいのかもしれないが獣の気配を感じる事ができないほうが気にもなる。9時半頃、最終目的地の奥谷山に到着。広々していて気持ち良いところだ。樹間から小津権現岳、花房、雷倉を望む事が出来、今日一番の展望だった。一瞬、計画を変更して懐かしい鍋倉山まで足を伸ばし、そこから鎗ヶ先まで周回縦走する案が頭をかすめた。”いやいや今回はマチュピチュを訪れることが大きな目的だ”声を出して自重する。少し早い昼食(メロンパン)をとり,しばらく頂上の雰囲気にしっかりと浸った。丁度30分休憩をしてから居心地の良かった頂上をあとにして、いよいよ岐阜のマチュピチュへと向かう。来た道を少し戻ると下の方にマチュピチュへ向かうと思われる林道が見えたので適当に下れそうなところを選びながら林道におりた(もう少し先から降りたほうが楽)。今回は少々重荷でもあったのでシリオのハイカットブーツを履いてきたが、こういう足場が不安定なところは本当に頼りになるのでお気に入りの一足だ。おりたった林道は荒れていた。最初はマチュピチュへ向かう方向とは逆に歩いてしまい慌てて引き返すチョンボをやらかした。林道は石と砂利のため地面が固く下垂足気味の足の自分にはかなり厳しい。ついに進むにつれ左足拇指球の痛みが酷くなってきた。いろいろな対策を試して来たが良い方法が今のところ見つからない。 我慢の行進が続く。2時間近く歩いただろうか、岐阜方面が一望できると書かれた看板のある遊歩道らしき場所に出た。とりあえず看板に従って一望できるという場所に寄って写真を撮ってから再び元の場所に戻り、そこから遊歩道を外れて樹林帯の中につけられた急な小路を下ること10分、下の方から観光客と思われる女性の声が聞こえてきてマチュピチュの展望地が近いと確信する。11時50分、ついに目の前が大きく開け、待望のマチュピチュが眼下に現れた。
奥谷山頂上付近から小津権現山と花房山(右)を望む
恒例のザックとの頂上写真
下山途中にあった岐阜方面一望地点
周回コース。岐阜のマチュピチュは左下の等高線が一番開いている箇所。




