「ライオンズ・西鉄・大鵬・目玉焼き」 -168ページ目

「ライオンズ・西鉄・大鵬・目玉焼き」

西鉄ライオンズからの歴史を大切にしたい、小学校時代からの長ーいライオンズファン。ライオンズを中心とした野球談義が好み。
野球を介して社会問題も考える。



プロ野球創世記の頃の本を探して読んでいた時で、昭和11年に日本にプロ野球が誕生した事は知っていました。

このfilmは、nhk総合と、bs1でも関連番組を観ました。

”洲崎球場のポール際”という本をちょうど読み始めていたためもあって、涙が出はしませんけど、目に溢れました。

これに映っている選手の殆どが戦争に行って、澤村を含む5人が戦死。。

好きな野球をやって生活できる今の選手は、こういう歴史を知っておくべきですね。


http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20151226-00000002-sasahi-base

-------------

トンビの言ってることに、概ね共感できる。

このところの有力選手への年俸評価がひどく高すぎる、、、ここはMLBのアメリカじゃあない。

読売とソフトバンクは一軍の選手全体に幅広く過大評価をしてるし、他球団でも一部の4番打者やエース投手には驚くほどの年俸で契約している。

時代は違うけど、長嶋も王も1億円はもらってなかったと思う。しかも、年俸で揉めた記事を見たことがない。好きな野球で飯が食える、、家族を養っていける、、その頃の選手にはまだそういう感謝の心があったんだと思う。

10勝もしてないのに、5億円?、、ま、一度も出場しなくて4億円もいるんですけど、、。

ただ、、高年俸になると、、翌年に払う税金で半分以上持っていかれるわけだから、その準備をちゃんとしとかないとね。

杉内、、5千万で5億円に対する税金を支払うと、単年では2億円ぐらいの赤字になるのかな。

ま、これまでに貯めてる訳だから、大丈夫なんですけど、急激な上げ下げは選手も大変だろう。


FA残留の件も同感。宣言した選手は男らしく、外で働け

FA宣言して他の球団に行けたら行こうとしている選手に、「交渉がダメだったら、うちに戻ってきてえ~」と言ってる球団なんて、、FUCK YOU!だ。

ソフトバンクはイデホがMLBと不調だった場合、また雇う積りだろ?

あんなのいなくても優勝できるだろうに、、なんて柔な球団。。










嫁さんと一緒に、福岡中部教会のクリスマス礼拝に行ってきました。

以前は一人一人がキャンドルを手に持って讃美歌を歌っていたんですが、安全のためか、

それはなくなりました。ちょっと雰囲気なくなりましたかね。。

でも、いつもとは違う形で、目の前で聖歌隊の歌を聴けるのがクリスマス礼拝のいいところです。

---

ave Maria、、沢山の作曲家が同名曲を作りましたが、私は、カッチーニのave Mariaが一番好き。

そして、この頃のシャーロット・チャーチが一番好きです。声も顔も、、美しい。



http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20151222-00000004-pseven-spo&p=1

-----------------

いま、野球を観ながら、”解説”を聞きたいと思うのは、やっぱり、、野村だけかな。

しかし、御年のせいか、もうLIVEでは聞けなくなってる。

シーズン中は、TBS系の「S1」でよくぼやいてくれてたので、そこだけpick-upして聞いていた。

それで、監督の人材不足、、、yes.


こっちはどうしても、わが、三原監督と比べてしまうので、昨今のが劣るのも仕方ないけど、環境も変わって来たし、"劣る"人でも、監督が何とか勤まるようになっている気がする。

昔と比べて監督の仕事を楽にしたのは、あの大嫌いな「予告先発」。

いつから始まったのか覚えてないけど、監督の読みとかが要らなくなったし、ファンにしてみれば、ラジオ・テレビよりも早く、当日球場に行った人が一番早く知ることになる先発投手の名前。

試合開始前一時間ほどに流れる、場内アナウンスからの先発バッテリーの発表。それを聞く時のあの楽しみ、”ドキドキ感”、、、そういうのを無くしてしまった罪は大きい。

そして、「予告先発」が監督の大事な仕事の一つを奪ってしまった。読み合いが無くなってしまうというのは、実に面白くない。

かつて大事な試合で、、

初回、阪急の1番・福本の足を殺すために、リリーフ専門の左腕・永易を先発させたライオンズの監督。

故障で全然投げられないと思わせておいて、その工藤を先発させた日ハムの監督。

色んな楽しみがあった、監督の考える、もくろむ、先発起用、、この二つの例も、前日に知らされていたら、面白くもなんともないし、作戦も変わっていたかも知れない。

---

わがライオンズの歴代の監督を見ても、、結局、三原監督、広岡、森。この3人だけかな、監督らしかったのは。

MLBの監督にしても、見ていて、いったい、なんの仕事をしているのか、どこに監督の考える野球が表されているのか、、最近のはよく分からない。日本よりも、画一的な流れ作業で試合が進んで行ってる感じがしてて、静かに見れるのはいいけど、あまり面白くない。

監督を育てるために、「予告先発」をまず、止めましょうよ。











--------------

北九州・小倉には嘗て、幾つかの野球場があって、西鉄ライオンズも昭和の時代、各球場で試合を行ったとのこと。

その中で、北九州市民球場は通称・小倉球場として現在もプロやアマの試合が行われています。

今日はその球場を中心に会のメンバーと共に見学してまいりました。

しかし、私が一番”ジ~ン”と来たのは、画像の「到津球場跡」に立った時でした。

日本プロ野球が創設された頃の話に興味があって、ちょうどそのあたりのことを書いてある本を読んでいる時でしたので、石碑に説明してある内容や選手の名前を見たときは、”ジ~ン”でした。

こういうのが残されてあるのは有り難いです。

昭和9年の大リーグとの試合は「小倉」でも行われたと本には書いてあるんですけど、実際は「到津球場」だったんですね。。

ベーブ・ルースのあの有名な”予告ホームラン”は「到津球場」だった訳です。

11月26日、全日本のスタメン

1番センター 杉田屋 守
2番ライト 矢島 粂安
3番ショート 苅田 久徳
4番キャッチャー 井野川 利春
5番センター 堀尾 文人
6番ファースト 永沢 富士雄
7番セカンド 三原 脩
8番サード 新宮 卯三郎
9番ピッチャー 浜崎 真二

その他には、あの沢村栄治投手、ビクトル・スタルヒン投手、水原茂、二出川延明、中島治康、等々がいたわけですね、、。

後の、我らが三原監督
静岡の草薙球場で大リーグ・チームを1点に抑えた、あの沢村栄治
後に解説者でよく名前を聞いた苅田久徳
山本昌に破られるまで、最高齢出場記録を持っていた浜崎真二、後の解説者
後の水原監督
大変お世話になりました、二出川審判
初の三冠王、中島浩康


大リーグの方はあまり知りませんが、ベーブ・ルースと、ルー・ゲーリックが3・4番で来てる訳ですから、、あの当時、船で長旅のところ、よく来てくれたもんです。。

この試合が行われたのが昭和9年。その12月に「大日本東京野球倶楽部」が創立。翌昭和10年のアメリカ遠征、そして11年のプロ野球発足と繋がって行く、日本のプロ野球誕生の歴史の中の一コマに「到津球場」があった事を覚えておきたいと思ったものでした。