「申し遅れまして、すみません。わたくし、スーペリアの北川と申します」
あまりの衝撃にいつもの自分のすべきことを失念してしまっていた。
ビジネス・マナーなんてどうでもいいとは思っている。
ただ最高の第一印象を与えることの重要さは、他人よりもかなり意識しているつもり。
それでも相手が男性となると、どうしてもテンションが下がってしまう。
いけないとは思いつつ、悲しき人間の本能。
特に私の場合は、理性よりも本能に左右されてしまうたちなのだから。
ところが今回の場合は、彼が男性だからという理由ではない。
今まで見たこともないような人種に出会った。
そう言っても過言ではないような気がする。
「北川さんって言うんですか?」
「はい。今後とも宜しくお願い申し上げます」
「北川さんなんかは、間違いなく私とまったく同じ理由ですよね?」
「はい?」
「そんなとぼけんでもよろしいですやん」
「はい?」
「だから、私とおんなじで女性にモテたい。だからこんなとこで勤めようって思った
んでしょ?」
どうしてなんだろう?
尋常じゃないくらい悲しい気分に陥っている。
きっと同じことを違う第三者に言われたなら、悲しい気持ちではなく怒りの感情に
なっているに違いない。
おそらく彼に魂胆を見抜かれたことより、彼と同じ了見ということ。
その事実が私を黄昏させてしまったのだろう。
「やっぱり図星。しかもそんな顔してはるということは、ここで勤めてるにもかかわらず
彼女ができない。ほんまお気の毒ですね」
元々かなり気の短い性分。
彼がお客様だということは分かっている。
だから、顔が引きつっている。
そこまでで何とかとどめるように努めた。
「で、失礼ですが、お名前は何とおっしゃいますか?」
いつもと同じ対応ができなかったのは私だけではなかった。
いつもなら体験レッスンを受講してもらう前に、お客様の基本情報を
書き込んでもらう。
だが、今回はそれがされていなかった。
「名前ですか? 東大寺です」
彼は満面の笑みを浮かべながら、自分の姓を告げた。
「大仏さんですか?」
思わず間違った確認をしてしまった。
(Oh my god!)
心の中でそう叫んだが、時すでに遅しだった。