無知で就いた放課後児童支援員補助。

保育とは何か、学童保育とは何か。

子どもを産み育てるとは、大人になるとは、親になるとはどういうことか。

モラルとは。道徳心とは。

この数年ずっと考えてきました。

他人の家庭を反面教師に、自分の家庭を大事にしようと必死な時もありました。

子ども達の置かれている保育・教育環境は、決して良い状況にないことがわかりました。

個性とは何か、発達障がい(神経発達症)とは何か。

支援とは。親の理解とは。

教師の役割、支援員の役割。

国や自治体の方針の無さ。無理解。改善しようとする意欲もない。

連携できない小学校、連携できない発達支援センター。

労働者としての権利とは。労働にあたいする対価とは。

働き方、扶養、生涯賃金、経済状況。

自分のキャリアとは、目指す自分像とは。

このまま放課後児童支援員として働くことに何の意味があるのか。

思慮深くなればなるほど、苦しくなりました。


それでも目の前の子ども達のために、子ども達の未来のために、何とか現状をわかってもらおうと、何とか現状を変えてやろうと、頑張ってきたのです。

頑張っても頑張っても、小さなところから変えることができたとしても、結局一番大事な子どもへのアプローチが蔑ろで、結局見て見ぬふりと同じ結末にしかならない現状に、もう諦めなければならないのだと言い聞かせる日々に疲れました。


とどめを刺したのは、発達支援センターの対応でした。

学童保育でも巡回相談ができるようにしてくれましたから、連携に向けて前向きなのだと思っていました。

筆者の放課後児童クラブとして発達支援センターと積極的に連携し、それを模範として他の連携に消極的な放課後児童クラブにも広がればよいという青写真すら描いていました。

そして実際の現場で介入困難事例があり、早期に相談するためアポイントをとったのです。

当日、約束の時間になっても担当者は来ませんでした。

忘れて帰ったのだと…

困難事例当事者の子どものために、周りの他の子どものために、学童保育環境のために、支援員のために、資料を作り待っていたのに。

どうしたらよいのか、知りたかったのに。

発達支援センターから見ても、学童保育の優先度は低いのだと思い知らされました。

支援員としては早急に対処したい案件であったのに、その緊急性すら伝わらない。

あぁ、結局今年度も、その場しのぎの対応を繰り返して、なんとかそこに子ども達がいる状態で終わるんだと悟りました。

10年後に陥る生きづらさを抱えていることに支援員が気付いても、結局根本的なことは子どもも親も何も変えられぬままなのだと。

何が育成支援だ。何が子育て支援だ。

放課後児童支援員補助じゃなく、放課後児童支援員の資格をとって時給を100円程度上げたとて。

資格をとるために丸4日講義を受けたとて。

どんな未来を見出だせというのか…