バンドマンの癖に音楽の話を書かない北斗です。どうも。




じゃあ今日は遡りまくって幼少期の話をしようか。



今考えると、我が母校は葛飾区清和小学校。
そこでは確か毎週一回は朝朝礼のかわりに体育館に集まり音楽の先生が中心に、全学年で合唱をしてました。

輪唱の曲がメインだったような。

「カエルの歌」や「蚊」をやったなぁと今でも何となく覚えてる。


他にも合唱の曲をやってました。



いつからかそれは無くなった気がします。



その後はどこの小学校でも行っていたとはおもいますが合唱コンクールがありました。



自然と歌と触れ合う。




その後音楽の授業でも年に何曲か合唱をやりました。
小3以降の記憶があるので、そこらへんから「歌う事」に対してとても楽しみを見出だしていたんだなと思う。


小4では自分の歌うパートでは飽きたらず、全パートを覚えてはパートを混ぜて歌ったり、周りを混乱させる為に違うパートを歌いだしたりとやりたい放題やった。



授業で使うリコーダー。
やる曲は大体二つのパートがある。
それも面白いんで二つとも覚えて演奏したりしてたな。




我が家ではテレビゲームという物は一切厳禁だったので、外で遊ぶ以外家での娯楽があまり無かったので、この頃から映画をビデオで見たり、リコーダーをやったりしてたな。
借りる映画はもっぱらディズニーかホラー映画アクション映画というチョイス。

なるほど、今の嗜好に反映されてる笑



一人でのリコーダー演奏の楽しさに飽きを感じてきた頃衝撃的なアイテムを手に入れる。



テープレコーダーとの出会いだった。



テープレコーダーを手に入れてからは、リコーダーのメイン(大体ソプラノ)を録音してから再生し、低い別のパートを自分で演奏する。



一人でリコーダー楽団ができてしまった(しょぼい)



ハモり、メロディが交差する楽しさに酔いしれながらそのうち暇な時は歌も録音するようになって一人でハモる、なんつーひとり遊びをしてた。



未だにハモりが好きな要素が育まれていった様子がわかるね!



一人遊びってとこがイタい感じするけど!



中学でもその傾向は変わらずに、音楽大好き少年まっしぐらだった。


音楽を聴くのもそこそこ好きだったが、きっと自分が歌ったり演奏したりするのがめちゃめちゃ好きだったんだな。



その頃のポップシーンをにぎわすバンドやミュージシャンをテレビで見ながら歌を覚えたりして。
でもCDを買う習慣はなかったから、姉の持ってるCDを良く聞いていた。




その後運命の出会いを果たす。





XJAPANだった。



とにかく、激しい演奏にハイトーンのややしゃがれた声が衝撃的だった。
ピアノの旋律がやたら好きになったのもこの頃だと思う。


それと前後して、周りでバンドやろうとしてる奴らが現れ教室のストーブをドラム代わりに叩いてる騒がしい奴がいた。


中島だ。


最初はうっせーなて思ってたけど次第に興味が出てきて自分も真似するようになっていた。



そして中3、年末にXJAPANのライヴに行ける事に。



X好きの奴らあわせて三人でドームへ。


とにかく圧倒された。
かっこよかった。



ここで運命が決まった。




その後、まだ進路の決まってなかった自分に決意させる。
とりあえずバンドが部活である高校じゃないと駄目だという事。


まあ、今思えば部活なくても音楽できるんだけどね。




そして考え抜いた末、都立小岩高校に進む。


そして軽音楽部へ



まだパートは決めてなく、新入生ひっぱり会の時いち早く軽音楽部のところへ。


入部希望用紙があり、氏名、希望パートを書く欄があってすでに何人か書いてあった。
Xを一緒に見に行ったやつはギターをすでにやってたのでベースかボーカルかドラム。
三択だった。
そこで、希望の少ない楽器にしよう!



ドラマー誕生の瞬間だ。




と、キリがないのでこのへんで。