愛せぬ男子社畜を生きる

愛せぬ男子社畜を生きる

女が女子と言い張るならば男も男子と言い張るってやる。

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思ったより人は孤独だと思う。

 

信条や価値観によって大きく変わるのだろうけれど

強い意志の先にあるものは絶対的少数に分類される孤独である。

 

仲間は大切だ。なれ合いではなく仲間だ。

 

歳を重ね、自分の道が明確に見え始めたときから

同じ場所へ向かう人が減り始める。

 

大きな流れに盲目的に追従すればきっと幸せに死んで行ける。

 

この世界はそんな作りになっている。

 

振り返ってみると、学生の頃授業で稀に教師が脱線し

自分語りや好きなもの、雑学なんかを語ってくれたりした。

 

これを聞くのがとても楽しかった気がする。

相槌を打つ必要がなく、ラジオより身近な人が語る割と

どうでもいい話って癒し効果が間違いなくあると思う。

 

 

だから飲み会は割と好きだ。

 

おじいちゃん社員の昔話や、趣味を語る酔っ払い

お酒でリラックスしながら、相槌は他人に任せて

 

どうでもいい話に耳を傾ける。

 

こんなフレーズが割と一般にも認知されて

 

実際それで実入りがあって生計が立てられるって

 

本当にワクワクしますね。

 

今までは、どんなに嫌な事でも生活のために我慢していたようなんです。

僕の生きてきてる時代も3年は~とか、我慢は給料なんて一部の年配の世代が言うのを聞いて育っているので

 

どこかにそんな価値観が根付いていたりするんですけれども

 

もう我慢しないよって、我慢なくても生きていけるよって時代が

もうすぐそこに迫ってますよね

 

いろいろなお金の稼ぎ方ってあると思いますし

動画や広告や一般的な会社に属さない形でお金を得られる人もいるし

普通に企業に入ってお金を得る人もいる。

 

どんな形態でもお金をもらうためにはそれなりのコンテンツを作るだとか、技術であったり知識があったりは必要だと思いますけれども

 

新しものを作る過程や、技術や知識を得る過程において

もう我慢する必要ないんだなって。

 

そろそろさ、車は自動運転だし、物はネットで買えば家まで届くし、場合によっては掃除や調理なんてもう全部家電で出来ちゃいそうだし

 

外に出ればいろいろなサービスが一般の人で手が届く価格で提供されている。

 

これって、お金さえあればすでにやりたい事だけして生きていける環境になってきてるよね。

 

運転したくない人は運転しなくていいし、お店行く手間や調理する手間。掃除や洗濯する手間もどんどんなくなっていけば

 

それが好きな人は別として、それ以外の人は本当に自分が使いたいものに時間を使う事ができるようになるよね。

 

もしかしたら今はお金稼ぐために働いてる人が、本を書いたり、面白いインターネットのコンテンツを作ったり

 

もっと楽しい想像力の及ばない何かを作りだしたり

クラウドファンディングでお金を集めて

 

今まででが実現できなかった形に取り組む事だってできる。

 

どんどん自由で自分の人生を楽しめる世界になってきてる。

 

それってとてもわくわくしますよね。