出雲大社(いずもおおやしろ)@2021/06
諏訪大社参拝のブログを書いていて、諏訪大社の主祭神/建御名方神の父神である大国主大神を主祭神とする出雲大社の参拝のブログがまだ書けていないことを思い出したので,諏訪大社参拝ブログを書いた直後のこの機会で書いておこうと思います。
<出雲大社(杵築大社)>
式内社/名神大社,出雲国一宮,旧社格/官幣大社,神社本庁別表神社,勅祭社
神紋:二重亀甲に剣花菱
主祭神:大国主大神
創建:神代/国譲り時
「出雲大社」の名称は明治維新後の明治4年と比較的最近になって変更されたもので,それまでは古代より杵築大社(きずきたいしゃ)と呼ばれていた,と言うことは最近まで知りませんでした。「大社」の称号も古くは出雲大社/杵築大社だけのものだったそうです。
伊勢神宮は天津神の最高位の神社であり,これに対して出雲大社は国津神の最高位の神社で,他にも,国津神は古代日本の先住民族,出雲大社の創建は天津神の命によるもので伊勢神宮よりも古い,等々を鑑みるに,やはり出雲大社は伊勢神宮と並ぶ最高位の神社なのかと思います
<撮影機材> PENTAX K-5II +DA16-85mm
↓ 二之鳥居(勢溜の大鳥居)
一之鳥居はここからかなり遠い(400m以上)のでこの二之鳥居から参拝

↓ 二之鳥居から見た一之鳥居(宇迦橋大鳥居/(国の登録有形文化財)
一之鳥居と二之鳥居の間の参道の名前は「神門通り」

↓ 二之鳥居の内側から見る一之鳥居

↓ 二之鳥居をくぐった後に続く約400mもある長い参道

↓ 松の参道と三之鳥居

↓ 参道脇の所々に設置されている兎(因幡の白ウサギ)の石像


↓ 参道の途中にある大国主大神と幸御霊(さきみたま)と奇魂(くしみたま)の像(ムスビの御神像)

↓ 四之鳥居(銅鳥居)国指定重文

↓ 拝殿(1519年造営の先代建物は1953年に失火により全焼,1959年に再建)
出雲大社の作法は「2礼4拍手1礼」 現在の一般的な「二礼二拍手一礼」は,ほぼ戦後になって普及したもの(神社祭式行事法)だとは知りませんでした。 出雲大社では戦後の作法変更を受け入れず古来からの「2礼4拍手1礼」を遵守していると言うことでしょうか


↓中央の八足門(国指定重文,通常はここから参拝,これより中へは入れません)
門の両脇の神紋は「二重亀甲に剣唐花」。厳島神社はこの三つ重ね

↓ 左甚五郎作らしい「流水文」彫刻 (日光東照宮とは同時期の建立?)


↓八足門前の広場 古代神殿の3本束ねの柱の出土箇所と配置を示す石版


↓ 二階部分が観祭楼,一階部分が東回廊(何れも国指定重文)

↓ 東回廊の前の「平成の大遷宮」(平成20年~平成25年)における御下賜金と神饌料を示す立て札。出雲大社の大遷宮は約60年に一度なので次を見ることはなさそうです。
伊勢神宮の式年遷宮と違って,出雲大社の大遷宮は本殿の新調ではなく修理修繕を行うための行事だそうなので,本殿の国宝指定は外れない

↓ 東十九社(国指定重文)

↓ 楼門(国指定重文)の軒の部分 装飾性の高い組物であることが伺えます。
八足門と東回廊から続く瑞垣の格子を通して内側に楼門の一部が見えますが,瑞垣の内側には入れないので全容は見えません


↓手前の端垣(国指定重文)の向こうに見えるのが,左から本殿(国宝),次が御向社(みむかいのやしろ 国指定重文),次に天前社(あまさきのやしろ 国指定重文)。 端垣の中には入れないので,本殿,御向社,天前社には近づけません

↓素鵞社(そがのやしろ) 御祭神 須佐之男命

↓ 本殿瑞垣の横にもウサギ象

↓ 彰古館(国の登録有形文化財)

↓ 端垣の西側から見た本殿(1744年,国宝),右は筑紫社(国指定重文)

↓上の写真の端垣の側に立てられている立て札
内容は,”本殿内”の御神座は南向きで無く西向きになっておりこの場所が御神座の正面になるため,ここからも拝礼下さい”,と言うことでここでも拝礼します

↓上の立て札の横に立てられている瑞垣内の境内図

↓ 氏社とその左側が西十九社(何れも国指定重文)

↓ 手前が御守所,向こうが西回廊(国指定重文)と八足門,八足門の向こうが楼門,さらに奥の高い建物が本殿

↓ 神楽殿北側の鎮守社


↓ 他のウサギ像と違い,この像は野性味があって今にも動き出しそう

↓ 一之鳥居と二之鳥居の間の神門通りで見かけたshop「猫まっしぐら」

↓ 切り取るとシュール

そう云えば参拝後に神門通りのお店で食べた出雲そばの十割そばはなかなか美味でした