今日は、待ちに待った娘の帰る日。



帰ってくるのは夜だけど、

朝起きてすぐに到着時間を知らせてと連絡をした。



普段は放っておける自分に安心している所。




自分が例えば潰れたり、自分の人生がつまらないものに人から見えても、


幸せになって貰いたいと、ずっと考えながら一緒に生きた人。



人間は、たとえ親子だろうと、実はそんな役割など表面の意識にしか通用しないもので、



そうあるべきと言う、人間が勝手に作ったルールなど、心の奥の奥の本性には通用しないし、所詮動物だ。


本性が表面の意識に沿っている人は良いけれど、それが世間基準と離れた人の場合は、


隠れた所では本性が現れ、外向けの事と、家の中の事でズレが出る。


当然、秘密や嘘が多くなる。



最終的に動物な自分は、自分が心底から人が離れて自由に喜んだり、悲しんだり、辛かったり、間違えたり、


そんな良いも悪いも、じっと観ていてあげられるだろうかと、心配していた。



つまり取り上げてしまわないかと心配していた。


家族という名の奴隷制度になってしまえば、どちらかを物質や精神的やで搾取してしまうから。



私はそんな中で育ち、専門家が娘を取り上げてようとした事がある。



私は一人で地獄を彷徨っても、専門家の考える様な事を一つもしていないし、娘に見返りも求めなかった。



専門家に言わせたら、私が例外なのだろう。


規格外の優しいお母さんは、娘を離さないで潰してしまうと決めつけた。


けれど、お陰様で、私は放っておけるし、声が聞こえたら直ぐに支えて上げられた。



娘も、困った時だけ頻繁に連絡してくる。


普段はこちらからどう?と言わなきゃ自分に夢中。


それで良い。


心理学など本当の所、全てに当てはまらないのだろうし、


大筋に当てはまるとして、それを勉強した人間が、それを上手く扱えるとは限らない。



最初にそれらを発見研究した人なら、そんな変化球に気がつけるだろうが、所詮借り物をふるっている人しかいない。


中にはそれでも自分の感覚で、真剣勝負な仕事をする人もあるけれど、



数は多いとは思えない、私は。



私は、誰も信じてくれない中、一人で覆すことに成功していた。



口で言うのは簡単だ。



でも、一人の戦いは限界など越えたままだった。



私は、娘にそれも感じさせずにやれたと言う事になる結果だ。


娘に感じさせてコントロールなど、私の自尊心が許さない。


父親からの養育費も、他人に笑われながら、真正面から取りに行った。


会社でもなんでも、敵地で相手の味方に囲まれ罵られながら。


方法は周囲から見たら上手くない。
けれど、みっともなくても娘は混乱しない。



ともかく、


早く顔がみたい。


痩せてはいないか?

疲れすぎではいないか?

楽しく過ごせているか?

手は出さなくても気になるもの。