こんにちは!
大阪は桜ももう終わりかけ!

本当に春休みもあっという間に終わりそうです。
 

息子は支援級に在籍していて
次は5年生です。

なんと!
 

新しい担任の先生と支援級の先生が決まりましたので

面談いかがでしょうか?

と、小学校の教頭先生から4月1日にお電話をいただけました!

正直

4年間で小学校での生活は
先生方やクラスメイトのお友達のおかげで
とても安定していたので
うっかりこちらからお伺いするのを忘れておりました爆  笑

慌ててお話する内容をまとめて文章にして持っていき
それを先生方にお配りして
見ながらお話させていただきました。
(いつもは事前に作って話し合いの前にお渡ししています)

校長、教頭、支援級の先生、担任の先生、4年生時の支援級担当の先生、高学年の学習補佐の先生と私
総勢7名での話し合いでした。

ご、豪華なライナップ!

支援級でのメインの先生が男性の先生に代わるという事でしたが
それも林間学校をふまえてのご配慮だと知り
感激してしまいました笑い泣き

引き続きリタリコさんの保育所等訪問支援も学校に月2回入ってくださいます。
内部からも外部からもサポート体制バッチリ!
新学期が楽しみになるくらい安心の布陣で臨めそうです。

もちろん
最初からそうだったわけではなく
入学当時は
支援級の先生も初めて支援級を持たれる方で
さらに、学校内に支援について知識のある先生がゼロ!
話をしたはずの校長先生も転勤でいませんでした。

サポートブックのお話も
最初は忘れられてドタキャン
学校側の不手際でもリスケの話もないので
再度こちらからお願いして日程を調整したのに
その次は開始15分で会議が始まるからと中断。
そうこうしていたら
学校側の対応の不備で息子がケガを負ってしまいました。

サポートブックは命に係わるお話です
どうして真剣に話を聞いていただけないんですか?


と夫と共にお話しにいって
ようやくこちらの話を聞いていただける体制を作っていただいたんですよね。

1年生の春です。

な、懐かしい・・・!笑い泣き

それが5年生になる春には
お話をしにいくのを忘れるくらい
母子ともに小学校の先生方には安心感しかないんですよね。

振り返ってみれば
息子がケガをする
という最悪の事態が

先生方からモンペとか思われたらどうしよう?

とか考えて尻込みしたり

先生方を信用できるかな?と探っていた自分をぶっ飛ばしてくれました。

息子が安心して小学校に通えるように
親も頑張りますので
先生!一緒にご協力をお願いします!
と腹をくくれた瞬間でした。

そこからはもう、話が早かったですね。
何せ、支援の知識が全く学校側に無かったので
その当時妊婦でしたが
1か月半ほど毎日学校に入り込んで
タイマーや視覚支援の絵カード、手持ちのホワイトボードなどを持ち込み
息子と先生のサポートをしました。
自閉症や発達障害についてのわかりやすい本なども
ここだけとりあえず見ていただければ!という所に付箋を貼ってお渡ししたり
今考えたらだいぶグイグイやっていましたが
それを受け入れてくださった先生方の懐の深さを今更ながら有難く思います。

これも、学校内で誰もどうしたらいいのかわからない
前例が全くないというのが功を奏したのかなとも思います。

支援級の先生はもともと先生としてはベテランで
さらに、とても熱心な先生で
あっという間にコツをつかんでくださって
ゴールデンウィーク明けには私が学校内で付き添いをしなくても大丈夫になりました。
3か月後には小学校自体がインクルーシブ教育のモデル校になる申請を校長先生がしてくださいました。
一気に支援の手が小学校に満ちて
歯車が回りだしました。
お陰様で、安心して出産に臨めました。

私も先生方も変わったし、息子も大いに成長してくれました。


どうしてこんなに変われたのか
次回はその辺りも書いてみたいと思いますニコニコ

皆さんの春も温かいものでありますようにラブラブ