11月6日(日)、久しぶりに津波被災地を訪れました。
今回は今までより少しだけ南寄りの、
福島県南相馬市原町区へ向かう事に。
秋の峠道を、東へ東へ進みます。

以前と同様、途中の伊達市霊山町で一休みです。


お昼頃だったのですが、
やはりアイスクリーム屋さんは休業中ですね。


寂しくクルマへ戻ろうとした時、
また、あのネコがやって来てくれました。

子供達や家族連れが集まる
霊山こどもの村の入口なのですが、
震災後は来訪者が少なくて、
きっと、寂しい思いをしているのでしょう。

かまってもらえないと分かったのか、
少しして家へ戻って行きました。


振り返って見つめられると
なんだか切なくなってしまいますね。

シーソーやベンチで休日を過ごす子供達の姿、
いつになったら見られる様になるのか。

さて、休憩を終えて、一路東へ。

今も高い大気中放射線測定値が計測されている
飯舘村を通ります。

この先、浪江町へと続く県道です。
バスの停留所跡の様ですが何の表示も。

道中で何カ所か見かけましたが、
バスが来る様子はうかがえませんでした。

原ノ町駅前の、駅前通りに到着しました。

正面に見えるのが JR原ノ町駅なのですが、
雨が降っているせいなのか、人影はほとんどありません。
JR常磐線は運休中で駅舎にも人影はありませんでした。

原ノ町駅北側の跨線橋から見た駅の構内です。

立派に配線された駅なんですね。
駅ホームの様子も伺えるのですが.....。

人影も列車もないホームのベンチが寂しそうです。



駅の南側では一見行き交う列車の姿が.....。

それも実は動くことなく留置された車両なんです。

クルマが頻繁に往来する近くの踏切なのですが、
遮断機の棒が取り外され、静かに休んでいました。

原ノ町~相馬間は 2011年内に運転再開が予定されていますが、
私の立っている広野~原ノ町間は、今後どうなっていくのか。

留置されている方向幕からは、
「 上野行き特急ひたち 」である事が伺えますが、
特急ひたちとして上野へ到着する日は来るのか。

踏切脇のカラフルな建物には「 こどもの家 」の文字が。

でも、玄関前には建築資材が積まれていて、
人の気配はまったく感じられませんでした。
駅の北側で見つけた「 ジャスト 」。私の住む
福島市からは全店が撤退してしまったのですが、
この町では健在。迷わず立ち寄ってしまいました。

良質で安価な商品が並ぶので、
福島では何度も利用していました。
時間を忘れて店内を一周、
お買い物を楽しんでしまいました。
そんなこの店舗も震災の影響なのか、
看板には不自然な「 営業中 」の文字が。
頑張ってくれているんですね。

寄り道も程々にしないと。

原町で出会った小鳥に挨拶して、
いよいよここから北上する事にします。
国道 6号線を移動中も、
津波で打ち上げられたと思われる
たくさんの船を見かけました。

6号線そのものも震災復旧工事で通行止め?

ここから左折して旧道を進みます。

程なくして新地町総合公園へやって来ました。
高台の運動公園で、仮設住宅が並んでいます。

この日は「 新地町復興産業まつり 」の会場です。


午後、私が到着した直前まで、
「 青森ねぶた 」の運行が行われていた様です。

雨の中、撤収の真っ最中ですね。残念。

トラックやバスは確かに青森や八戸ナンバーで、
作業が終わると北へ向けて出て行きました。
日帰りなのでしょうか。大変お疲れさまです。
体育館の中にもお邪魔させていただきました。


来場者の視線の先は、地域対抗の玉入れ合戦。
みなさん笑顔でまつりを楽しまれていました。

子供達も飛んだり跳ねたり。見ていてホッとします。

会場では農作物の即売も。



このかたまりって、さつまいも!?
これで焼き芋を作ったら.....。


館内のイベントも終わった様で撤収が始まりました。
私も邪魔にならない様、早足で撤収!
痛い、足が痛い!。

普段あまり気に止める事のない点字ブロック、
スリッパを履いていなかったので、
足ツボマッサージになってしまいました。
カッコ悪っ(笑)。
その頃、外では抽選会がスタート。


私はボチボチ移動を開始する事に。
でも雨は一向に止まず臨時駐車場にはぬかるみが。

こんな水たまりや泥んこを見ると、
ちょっぴり幼少の頃を思い出します。
私だけ?
高台から降りて津波の被災地へやって来ました。
流されてきた瓦礫はすっかり無くなっていましたが、

8ヶ月が経つのに、今も。


そこには変わっていない光景がありました。
そのまま新地駅を目指したのですが、
以前は遠くからも見えた跨線橋が見つかりません。

以前この地を訪れた時、
ここは瓦礫置き場として重機が稼働していた所。
瓦礫の山はすっかり撤去され、
きれいに整地まで済んでいました。
この先が新地駅のはず。

駅の跡へ着くと、やはり、
対向式ホームを結ぶ跨線橋が無くなっていました。

今も残る三段ほどのコンクリート階段。
この上にあったんですよね。

すっかり解体され、奥のホームへ積まれていました。

この先が原町、上野方面。

こちらの先が仙台、青森方面の今の姿です。

列車の音も、列車を待つ人々の声も無く、
遠くから聞こえるのは、ドーンと響く低いの波の音だけ。
津波により被災した常磐線は、
山側へ移動して再開通との話しも聞きます。

再びこの場所へ列車が来る事は無いのでしょうか。
そんな事を考えながら、更に北上を続けることに。
以前は広大な湿地の様になっていたこの辺り、
雨のせいなのか、今は一面が湖の様になっていました。

そしてそこには、たくさんの鳥たちが。


常磐線沿い、この辺りはすっかりレールが撤去され、
この警戒色のポールがなかったら踏切を見落とすほど。

近くの架線柱も壊れたり傾いたり。


この辺りは大きく被災した住宅などが多くあり、
至る所で胸が詰まる思いになりました。


JR山下駅です。

先月 10月の 30日、
「 再興まつり 」が行われたばかりの様です。


色々な想いの入った手作りの看板が並んでいました。



更に常磐線沿いを北へ進みます。
見えてきたのは、札幌貨物ターミナル発隅田川行きの
コンテナ貨物列車を牽引していて被災した機関車
ED75ラストナンバーの 1039号機です。

牽引していた 20両の貨車は津波で流されましたが、
約70トンのこの機関車だけは流される事なく、
機関士の命を救いました。

機器が浸水した為に既に廃車が決定。
年内の解体が予定されている様です。

一度は昨年に運用を離脱した古い形式、
今年 3月に整備され復帰したばかりで被災、
今も車体の塗装は良い状態のままでした。

しかし、床下機器は相当荒れた状態で、
サビも進行している様ですね。
撮影した時間は午後4時半で天候は雨。
自然光での撮影には断念しました。
機会があれば、また訪れて記録写真を。



更に北上、JR浜吉田駅に着いた頃は、
すっかり暗くなってしまいました。

今回は雨が強く降り続く中の撮影でした。

現地の状況を見るのも撮るのも辛いところがありますが、
時間があれば記録し、レポートをお届けしたいと思います。
では、またの機会に。
みなみ東北、福島の小さな写真館 「 ほたるいし 」
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