建築家長沼幸充ブログ -13ページ目

ひな飾り

ホテルの一角にあったひな飾り。
とても綺麗で、みんな見てました。
最近は家に飾る人は多いのだろうか。

建築家長沼幸充ブログ-ひな飾り

自転車レース

明治神宮外苑を歩いていると、歩道と車道の間に柵が設けられていた。
よく見ると、自転車レースが行われているようだ。
本気で走っているロードバイクを間近で見ると、本当に早い。

建築家長沼幸充ブログ-自転車レース

「ハイブリッド」を読む

ふと手にした新書「ハイブリッド」。
トヨタのプリウスを街で見ることは普通のことになるほど、
ハイブリッドカーの普及は進んでいる。
どのようにしてハイブリッドカーが出来たのかが分かるのが本書である。

ハイブリッド (文春新書)/木野 龍逸

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ハイブリッドカーを開発するにあたり、最初の一歩は、トヨタの会長であった豊田英二氏の
「21世紀に成り立つクルマをやるべきじゃないのか」
という言葉であったらしい。
現状に満足することなく、未来を見据えた言葉である。

そこで「G21プロジェクト」と名付けられたチームが、新しいクルマを提案することになった。
まったく新しい設計で、新しいクルマをつくることが目的である。

ハードのスペックからではなく、ソフト面から「どういうクルマにするか」を検討していった結果、
「安全」と「環境」というコンセプトが残る。
「安全」は1980年代から重要性が認知され、安価なエアバックなども開発されていたことから、
改めて中心コンセプトに据えることは見送られ、「環境」をメインコンセプトにした。

「環境」をメインコンセプトにした時点で、まだハイブリッドは机上にも挙がっていない。
いくつか検討したものを、モーターショーにプロトタイプとして発表することになった。
その際、話題作りの1つとしてハイブリッドエンジンを搭載することが決められた。
この時点でも技術者本人も、量産車になるとは思ってもみなかったようだ。

その後、役員から「ハイブリッドを使って燃費を倍にせよ」という指令が来る。
プロトタイプと思っていたものを、量産車にせよという命令であった。

この先、具体的にどのような道筋でハイブリッドカーが完成されたのかは、
本書に譲るとして、驚くべきは約2年半で量産までこぎつけたことである。
まだ試作車もない段階で、量産時期をトップダウンで決めてしまった。
現場の技術者は猛反発したようだが、最終的にはこの無理と思われた目標を受け入れ、
必死に取り組んだ結果、1997年末に発売された。

人間の力とはすごいもので、ある具体的な目標を与えられると、
少しくらい無理なスケジュールでも達成してしまうことが多い。
同様の話は、いろいろな商品の開発秘話などで聞かれる。

これから分かることは、「具体的な目標を定めることの大切さ」である。
会社であればトップが、また個人の目標であれば自分自身がどのような目標を持つか、
この最初に決める方向性の正しさが、後に達成できる事を大きく決めているように思う。