日立ビルシステムエレベーター事故2019年          遺族代表 妻 春名直子
今後 身ばれする事は 必然的の為
遺族側として 名前等 全て公表します
★又、弁護士さんからも許可を貰ってます★
昨日 3月6日 先々週の続きで 自宅の方へ 警察の方が刑事事件として扱う事が
決定した為 遺族側として 処罰を求める調書作成に こられた。
仏壇と主人の遺影に 手を合わせて下さった
  『ありがとうございます…』

最終調書作成の為 兵庫警察署に 
行くにしても 来てもらう形
どちらにしても
遺族としては 心苦しい
主人が安置されていた場所…
そして 主人が働いていた
日立ビルシステムのエレベーターが
入っている……

私は いまだに 日立ビルシステムの
エレベーター、エスカレーターに
乗る事が出来ない……

他のメーカーですら 固まり
呼吸が苦しくなり 頭から離れない

主人を喪い 人生、体調、不安、日常もろもろが変わったのは 妻の私だけではない……


小学生の娘の精神状態が 今まで以上に
悪い
なぜ 4人の子供達の中でも この子ばかりが ここまで苦しまなければ ならないのだろう……

未成年組のチビちゃん達に とって
長い期間、手続きを経て 養子縁組をし
やっと この未成年組のチビちゃん達が
おちついて暮らせる居場所が できた

私達は 子育てを一旦終え 既に40代を
過ぎていたが 傷ついたチビちゃん達を
ほっておく事など出来ず
お父さん、お母さんになったニコニコ

色々な事があったが 生まれた頃から 
ほとんど一緒に 過ごす事の方が 
多かったので 家族らしくなるには
さほど 時間はかからなかった。

けれど、誰もが 主人が亡くなる事など
予測していなかった……

突然 仕事中の事故で 主人が亡くなった
私自身 受け入れきれず この2年
泣き叫び 主人を探し 帰りを待った……
毎日 気が狂いそうだった
そして 死別blogにたどり着いた

決して 同じ亡くなり方や家族構成が
一緒の訳では ない
けれど 人から かけられる言葉
手続きの度に 胸をえぐられる思い
未婚、既婚のどちらかにしか◯を
つける所がなく 躊躇する経験……
やっと 気兼ねする事なく 
自分の想いを 綴れる居場所をみつけた

ここで知り合い アドバイスを下さった
死別経験者の方々に 何度も救われ
多くの方のblogを 読みながら
今 私は なんとか過ごせています
 『ありがとうございます』

子供の心や体調の異変に気がついていたが
自分自身が しっかりと出来ない状態の中 
私と 娘は
ただ お互いに 抱きしめあい
トントンしあう事しか 出来なかった…

今まで 全て主人に支えてもらっていた。
何かあれば主人が 子供の事、私の事を
フォローを してくれた。
私達にとって 大きな 大きな 唯一
本音で 何でも話せ、どんな事からも
守ってくれ 味方をしてくれ
支えてくれる大切な存在

私は ともかく、
主人が亡くなった事により
娘の 異変が 徐々に酷くなった…
他の人には 見えないものが見え(幻視
声が聞こえはじめる(幻聴
命日反応のように 何度も繰り返す

目の瞼の裏に 繰り返す麦芽瘤…
決して 安定した状態の日々を
過ごす事は 心身共に 出来なかった

三回忌を迎える少し前から 娘の状態は 
更に酷くなり、授業中、登下校中、
デイサービス、自宅でも 見える頻度が
増え 怖くて 我慢出来ず
どこであろうが 泣き出す事が 
1日に何度もおこるようになった

娘が 
『とぅとぅ どこにおるん』
『とぅとぅ 探しにいこう』
『もうすぐ 帰ってくるね』
『探しに行ったら みつかるよ』
と 言い出すように……

そう言いながら 仏壇やお骨コーナーの
お水を かえてくれる娘…

まるで 自分自身を みているようだ
けれど 私には 幻視や幻聴がない為
娘の 怖い と言う気持ちを
心から わかり汲み取ってあげる事が 
出来ないm(。≧Д≦。)m ごめんね

先週 突然 私の方が 発熱した
血液疾患で 脾臓を摘出した為 
免疫力が低く、その他にも 
自己免疫疾患や 膠原病を持ち
アチコチ悪い所がある私は 
少しでも体調が悪くなったり、
家族内で 体調不良者が出れば 
悪化や感染など させない為 
主人が子供達を みてくれ 
私は 別室で過ごしていた

今は それが 出来ない……
不安定な子供を 置いて別室で寝るなど
決っして 出来る状況化ではない

寝ている間も 毎日必ず うなされ
『ママおる~?とぅとぅおる~?』
と 30~40分おきに手で確認する娘
その度に ママいてるよ と手を握る
泣き出したら 
反対の手も 主人のかわりに握る…
それでも ダメな時 主人のお骨コーナー
に行き チビちゃんが納得するまで 
お骨をナデナデし ベッドに戻る…

こんな小さな子供が 傷だらけで
グッスリと 眠れないでいる
とても 情けないが 
私 1人では救ってあげる事が出来ない

『何をしている時が 1番いいかな?』
病気の先生からの問いかけに 
娘が答えた言葉……
『寝ている時…寝てたら 怖いの見えたり
しないから ずっと寝ていたいの』

寝ている時も うなされているのに 
娘は ハッキリと そう答えた(涙) 

たすけて……
その言葉を 誰にも言えない
言える人も いない

私には 本当に困った時に 遠慮せずに 
頼れる人は 本当にもう いないんだ…
改めて 実感した

どうして 私達は主人と一緒に
旅立つ事が 出来なかったのだろうか…

主人は こんな私達をみて 
どう思っているのだろう……
なぜ 今も迎えにきてくれないのだろう

度々 重なってやってくる 大波に
毎回 のみ込まれそうになる……
『もう 帰ってこうへんのやから 
自分達の事を考えて 生きていきなさい』
『どう?元気?』『落ちついた?』

そんな言葉 死別という立場になったら
言えなくなると 思うよ
『うん 元気』なんて嘘でも答えれない
元気な訳がない
伴侶との死別 
それは想像を遥かに越えた哀しみ苦しみ

私自身のグリーフケアは 今さら
どうにも ならないから 構わない

もはや 主人が亡くなってから
自分自身の病気の定期検査等などは 
とっくに行っていない 

子供がいるのに 本当に無責任だが 
あばよくば…って
ずっと 思っているのが 本音だ

主人がいない日々を 過ごす
私にとっては 今も これから先も
毎日が ただただ地獄でしかない
もし何かの間違えで 長生きなどしたら…
考えるだけで ぞっとする

だけど
父親との 急な別れ すぐに対面すら
出来なかった チビちゃん達

4日目に 対面した父親は 
修復ケアを して頂いたけれど
普段の主人とは 全く別人……

大人の私達には その修復技術の
凄さには驚き 
これで やっとチビちゃん達に 
あわせてあげれると 
心から 感謝したけれど 
真っ直ぐな子供には 通じない…ショボーン 
『とぅとぅ ちがう~えーん』←本物だけど
一番下のチビちゃんは頑として
『とぅとぅ ちがうわ』そういい 
スタスタと主人の弟の膝の上に座った

チビちゃん達 そして よっちゃん
(旦那ちゃん)
   ご め ん ね……
この残された子供達には
グリーフケアが 必要だ
繰り返す喪失体験
心身共にケアが必要である
だが子供のグリーフケアは
なかなかない(涙)

寂しさと共に 傷つき 苦しみ 
身体にまで 現れている子供達の症状

驚く事に この業界関係では 遺族会というものが ずっと存在していない
その為 遺族経験者との接触や交流、相談や助けを求める場所がない
なぜ遺族会が存在しないのか…
今の私には 想像がつく

通夜前、焼香後に 2回もチビちゃんに 
『出来る事 何でもさせてもらうからね 』
と 前 社長さん(現 日立製作所に移動)
傷ついた小さな子供達を前に
『あとの事は 大丈夫だよ 何でもさせてもらうからね』 と 言ったんですよね
その言葉を信じたチビちゃんショボーン

労働組合の人も 言いましたよね

その回りの 上司の方々も……

直属の上司も
日立ビルシステム左右矢印hbs →HBS

日立ビルシステム関西支社も

日立ビルシステム東京本社も 

日立健保組合も 

日立グループ労働組合連合会
ビルシス労組 
日立ビルシステム労働組合

加害者(当時勤続2年目の若手さん) 

日本エレベーター協会 なんて 
名前だけの組織 酷い対応だった
各 大手会社のお偉いさんで構成された組織

そして 加害者が卒業した香川高専さん
どこもが『明日 必ず折り返し電話します』
と言い
結局どこも かけ直してなど こない

かけ直して こないならば
はじめから かけ直す事はありません
そう言って頂きたい

遺族側は 何度 裏切られようとも
明日と言われれば 
ずっと折り返し電話を待っているのです 

誰1人として謝罪もなく2年がすぎた

子供がね 前社長の言葉、顔を覚えてる
あなたが 勝手にした約束を信じて
チビちゃんは 助けてもらえる と
信じていたんだよ(既に前々社長ですね) 
 ふざけるな
主人の命を奪い
汚れを知らない 子供の心を傷つけ 
あなた達は ふみにじったむかっむかっ

その結果 娘は生涯 見えない物が見え、
聞こえるはずのない声に 怯えながら
生きていかなければならない

汚い大人の世界の 犠牲になった
そして 汚れた世界を知ってしまった

出来ないなら きちんと 
あの(通夜、葬儀)時のように
この娘に 『何も出来ません』
もしくは はじめから チビちゃん達に 
何も言うべきでは なかった。
声など かけないでほしかった

子供達に 言ったならば ちゃんと
説明し 傷つけた事を 謝ってよ!
何も 出来ません そう言ってよ…

前社長に つらなって自分達が対応します 
と言っていた担当の人達やお偉いさん達

業界経験者のご遺族の方から 
教えて貰っていたとおり 
次々 移動していき連絡がとれなくなった
親会社の日立製作所に……移動
新しく作られた部署に……移動
そして 全社員に対して 口封じ

ご遺族の方から 聞いていただけに 
全く同じ事が 本当におこり 
驚き 戸惑いと怒り
そして呆れはて 心身共に疲れはてた…

何よりも 通夜の前の朝  
日立ビルシステム前社長が 日本の各営業所に、
朝礼時、全社員に配布された用紙内容が 
遺族として 絶対に許せない

まだ警察側も労基署も 事故の検証すら 
終わっておらず
誰にも 原因がわからないその時期に 
主人を 下げ棲むような内容の紙が 社員に 
配られていた事を 後日に知った

通夜、葬儀に きた会社の人達は
その紙を読んで 反論、疑問ももたずに
 多勢できたんだ……
あの驚く程の参列人数を見たら 知らない人は 
『やっぱり 大手の日立さんは素晴らしい』
と 思っただろう 
受付は込み合い 一般の方にご迷惑をかけた
あんな紙が 通夜前に配られていたならば 
誰1人として会場に 入れなかった…
その上 あんな小さな子供が 焼香時
私達と共に 1人1人 数百人に
頭を下げていた中で……
あの 社長は 子供達に対し言ったのだ
あまりにも 残酷すぎではないでしょうか
本当は 警察署に着いた時から
主人を返して下さい
そう言い 泣き叫びたかった

主人の最期に 傷をつけないよう堪えた
そして生前 主人から聞かされていた事を
伝え 頭を下げた
『どうぞペアで お仕事されていた方の
心のケアを お願いします』

今まで 働いてきた主人が事故が起きた際
一緒に仕事をしていた人のダメージは
大きく 現場復帰が難しくなったり
事務等に 部署移動したり 辞める人が
多いから ペアの人の心のケアが必要だと
生前主人から聞いていたからだ……

けれど ケアが必要だったのは 
その方では なかった
人は それぞれ性格や個性が違う
彼の復帰具合は 若さゆえなのか
驚くほど早く 営業所の所長が
笑う程であった←遺族を前に笑う事なのか
同席していた その他の上司すら 
その部下の あっけらかんとした
所長の態度をとがめる事は なかった
この所長と主人との間で 何があったか
上司さん 知ってましたよね……

下から2番目の娘は 現在小学4年生
ちょうど 子供でも 人間関係が
難しい時期である

今でも 学校で 見えないものが
見える事や 聞こえる事で 嘘つき と
言われる事が増えていき 更に 傷つき 
家に帰ってくる 娘えーん
『今すぐ 治してほしい』
『治るお薬を 飲むから先生の所に行く』
と 私にせがみ泣く

ただただ抱きしめながらトントンする日々
状況の悪化が 更に酷くなり 普段の生活、
学校生活、デイサービス等でも 
支障が 出だした。
これ以上 待てない……
本来の受診日よりも早くに 
予約変更を してもらった

だが 病院の担当医の先生にも 
あまりにも大きな喪失体験と
心の傷が大きすぎる為 
お薬などでは よくならないので 
彼女は この症状と生涯 
つきあっていかなければならない 
と話があった
治らない……
かわってあげる事すら出来ない
治らない そう聞いたチビちゃんは
自宅で カーペットに顔を埋め 大声をあげ
泣き叫んだ……こんな形になって ごめんなさい
私達夫婦と チビちゃん2人 

主人が事故で亡くなると知ってれば
もし 寿命というものがわかっていれば
決して 家族になる選択はしなかった
 
養子縁組をし 
チビちゃん2人の父母という責任ある
立場には ならなかった……

ごめんね 私達が 救ったと思っていた
2つの命……傷ついた2人のチビちゃん達の
心のケアをしながら 私達は家族になった

労災事故により 主人が亡くなった
私達が 父母になった事により
反対に 更に大きな 喪失体験を
させてしまいました……
消えない大きな傷を 負わせてしまった
チビちゃん達 本当に ごめんなさい。

事故でペアを組んでいた 加害者は
2年たった今も 謝罪等 一切ない
会社側からも口止めされているのだろう

結局 業務上過失致死罪
痛くも痒くもない罪名 罰金50万~100万程
遺族の思いを 警察に話した所で
主人が戻ってくる 訳じゃない
処罰意思……
私の気持ちを かたくなに
鬼のようにした1番の原因
それは 間違いなく 会社側の対応だ
まだ若い2年目の男の子の方ではない
ただ日本の警察側が事件として
その加害者の対応処罰しか 出来ない

本来 処罰してもらいたいのは 
関係者を含み 会社側であり 
この変わらない業界全体だ

日本という国 刑事事件、民事訴訟共に
決して 大手組織を罪に問おうとしない
どんな大きな事故、事件、自殺に対しても
生きているものが ほぼ必ず 
優先される 緩く甘い法律の国である…
 そして
私達が 返してほしいのは
温かい主人です。
普通の日常です。
日立ビルシステム (hbs) さん
エレベーター エスカレーター各業界
日本エレベーター協会 さん
親会社 日立製作所 さん

乗る人 使用する方 の安全は勿論ですが
いつになったら 各エレベーター業界の
保守員不足は解消されるのでしょうか

いったい 保守員 何人が怪我をし
亡くなれば 改善されるのでしょうか

事故が 起きた時にだけ改善命令を出す

その改善命令を きちんと守った場合 
現場の 保守員達は 全ての台数をこなし
検査に かけれる時間を 
余裕を持ち与えられているのでしょうか?

その改善命令を守っていたら 時間的にも
台数が 間に合わない
作業員達にとって 無理な検査方を指示 
しているのではないでしょうか?

あなた達 上の立場の人間は 
現場の生の声を 聞いていない

今は コロナ等で 色々と事情は
変わっているかもしれないが 
結局は 又 
長時間労働、決まった時間までしか
残業をつけさせない、人手不足により 
無理な応援等を させる状態に
戻ることでしょう……

そして 又 事故が 起きれば 
みんなで 口をつむるのでしょう…
各メーカー全て だまりこむこの業界


15日兵庫警察署、身元確認
(神戸新聞さん16日掲載されていますが
15日に 私達、主人のご両親、ご兄弟で
身元確認していますが…)
16日神戸大にて解剖
解剖後 渡された作業着、冬用防寒着、下着等 全て
主人の血でボタボタでした。
こんなに 大量の血を流した主人を
見て 救急対応、救急車すら 呼ぶ事
が 出来なかった若手2年目のペアさん
この 事故光景を 忘れる訳がない

忘れた…忘れられるの?
ふざけた事言って とぼけたまま
日々を過ごし 仕事をし
あなたは そのまま いつか 
人の親になるのですか…

自分自身でも 当時 尋常な状態では
なかったと 思います。
ただ ただ 主人が身につけていた
全てのものを ドライヤーで 
その血を 必死に 乾かしていました。
今日 アメブロで はじめて 社名、親会社名 主人の仕事 等を 公表しました。

3回忌がすぎ 私達 遺族にとっても
限界を 迎えました。
なぜ 私達が 黙って 過ごさなければ 
ならないのでしょう 

一瞬にして 一変した私達、主人の人生
自分も 子供も こんな状態に追われ
毎日 亡き主人を 想い 求める生活

誰よりも 生きる事を大切に 家族を
支え 守り真面目に 生きてきた主人

なぜ 私達 遺族が 事故の事や社名
等 もろもろ 心におさえこみ
口を塞がなければ ならないのでしょう…

私達 遺族は会社側と 一切 
示談などしていません。
又 そのような事を求めた事も
ありません。

隠さなければ いけない理由など
ありません。
たとえ 訴訟にひびこうと 主人が 
労働災害で 亡くなった事にかわりは
ありません。

主人は 当時 48歳 春名義幸 
日立ビルシステム で29年11ヶ月勤め 
法定検査員、保守員をしてました。
学校卒業後 一切 転職もせず 
日立ビルシステムだけで働いてきました

あの事故がなければ 
今も 勤めているはずです。

事故現場は 
神戸いかり作業所 内 エレベーター
ピット内で 搬送すらされず即死でした。
主人のいた ピットには上下作動ボタンは
ありませんでした。

ピット内には当初 会社側が話していた
本来 最近の建物ピット内には 
ほとんどない 梁 があった
と 聞いています。
が 現在は その梁に 安全柵がされています。
なぜ はじめから 安全柵を 取りつけて
いなかったのでしょうか

一緒にペアを組んでいた若手の方 
事故発生時 (勤続2年目でした) 
彼が エレベーター箱内でエレベーターを
作動、動かしていました。

主人は即死でしたので 当時の事を
話せません。
又 箱内に防犯カメラ等もなく 真実は
彼にしか わかりません。
彼は 主人の指示で エレベーターを
動かした と ずっと言いきっています。
そして 慌てていたので当初の事を
忘れた と…人が亡くなったのに忘れたと
自死遺族経験者でもある私には 彼の忘れた 
という話しは 絶対に ありえません。
作業着だけでも あれだけの血を
流していたのです。

11階から 飛びおりた私の家族よりも
出血し 即死したのです
家族の方が まだ呼吸があり 搬送先で
亡くなりました。

主人が亡くなった現場は 
相当な血の海状態だったはずです

私自身 家族の自死現場 状況等 
20年近くたった今でも焼きついています
 忘れれる訳がない 

それでも主人が 指示したと 彼がいう話しを過程としても、

人がいてる場合 エレベーターを決して 最上階に あげてはいけません。
でも 彼は あげました。
指示があろうとも あげてはいけないと
決まっているのです。
 
もし 彼がいう指示を本当に 主人が 
出したと言うならば 
29年11ヶ月働いていた人間が
自分が 死ぬと わかっている場所に
あえて いるでしょうか?

自分の命が 危ないとわかっている場所ならば 必ず 安全な場所に 移動していたはずです。
もしくは 最上階まで あげる指示は
決して 出さないはずです。
保守員の事故、死亡事故は 公になっていないだけであり 実際は 使用者の方よりも
多い
と シンドラーのエレベーター事故で 
ご子息を亡くされた お母様の市川さんと
お会いした時に 聞きました。
(赤とんぼの会)
既に主人のあとにも 悲しい事に
ご遺族が 出てしまいました。
事故が 起きた際 
私達と 同じ対応、同じ思いをする遺族が
出る事がないよう 業界がかわる事を
遺族として 心から願っております。

ただ 自分自身の身に 主人と同じように事故がおき、
搬送もされず 即死した時
残された家族は あなた方 保守員が 会社側から聞かされているような 安心できる会社対応は してくれません。
入っていた保険等も 労働組合などで 加入していたものなど 奥様、家族に知らされません。
漏れ、間違えや 見落としのある用紙を 家族は 何度も受け取ります。
間違えに 気がつかなければ それまでです……
説明もコロコロ変わります
不幸にも 自分が亡くなった時、 
こんな適当な体制、対応を 残された ご家族がされても良いと 思われているのでしょうか?
いざという時の為に 家族で きちんと共有してください。

我が家は 主人から もしも 仕事中 自分の身に何か起きた際の
連絡、手順、会社側の対応、手続き等は どこの部署がしてくれる など教えて貰っていたにも関わらず、
聞いていた事とは 到底違う
呆れはてるような事ばかり起き、
主人が亡くなった時すら 緊急連絡先が
わからなかった と言われ亡くなった事を伝えに 自宅の方へ上司の方がこられました。 
そして 話の内容は まだ 小さかった
子供に 聞こえてしまいました……

私は 主人と再婚してから 長年 
1度も携帯番号も アドレスすら変えた事がありません。

私と結婚するまでは 主人の緊急連絡先は
主人の実家でした。
この仕事についていて 緊急連絡先がわからないなどは ありえない事です。

しかも 私は 主人が亡くなる数ヶ月前 
主人が入院した際 営業所の所長に 
病状等の連絡を下さいと 言われ
お互い電話番号の交換をしていました。
連絡先が わからないなど 絶対に 
ありえないのです。
 
今 同じ業界で働いている保守員の方へ 
生きているからこそ出来る事、自分自身の身の安全、ペアの方の安全の為
無理な業務命令 等には声をあげて下さい。
もしもの事が 起きてしまった時の為に
自分が会社で加入している保険内容、年金のかけ方や財形、株等
労働組合等で加入しているものなど 必ず
家族に伝えて下さい。
給料天引きで 会社とは関係なく個人的に加入支払いしている第一生命の保険すら、自分達の会社が保証したお金のように 退職金関係と共に 書かれていましたガーン
書かれている事に 気がつき驚きました。
(それでも何度も漏れ落ちの用紙を渡され署名を求められます)
会社側で加入していた事すら 知らされなかったものがありました。その中の一つが たまたま整理をしていて見つけたものでした。
それは 給料から労働組合が毎月 引き落としされている組合費 労働組合から 全員加入している共済でした。
本来なら 主人が亡くなった際 対面し挨拶を交わしているのですから 労働組合の方から 日立ビルシステムで 働いている保守員が全員絶対加入しており 請求権があるという事を 伝えられていて 当然の事だと
思います……

自分の身に何か起きた時 会社側が
どのように 家族に連絡をいれ その後 どこに向かうか 色々な手続き等 どこの部署がしてくれるかなど必ず家族に 伝えて下さい。
会社側は 家族が動揺している状態時、通夜、葬儀で 受け入れきれない状態化の中 喪主でバタバタしている時であろうとも
 何度も 時間をとって欲しいと 
言って話をしてきます。亡くなった主人の側にいたくても……式の打ち合わせ、準備等で 喪主様こちらへと呼ばれようと おかまいなしです。
辛い中ですが 労災事故が 起きたら
1日でも早く 弁護士をつけて下さい。
私達は 遅すぎました……

弁護士をあとで 変える事は いくらでも
可能です   ですが 早ければ 早い方が 絶対にいいと思います。
私自身 亡くなったとわかった時には 弁護士さんに 連絡を入れ、一緒に警察に行くか もしくは 翌日の解剖の時から通夜、葬儀 弁護士さんと共に行動しておくべきだったと 
とても 後悔しています。
大手組織だからこそ 最初 ガンガンと詰められる前に 弁護士さんを お願いして下さい。
労働組合なら会社側につかず 労働者側の味方になってあげて下さい。
命は1つしかありません
会社側の言いなりの
労働組合など 意味があるのでしょうか……
残念ながら 既に 私達のあとに事故遺族
がでてしまっていますが……
今まで ずっと変わらぬこの業界の
グレー部分が 改善されますように…

今後  私達と同じような対応をされ 
心身共に 辛い思いをするご遺族が 
出ない事を 切に願い 
エレベーター、エスカレーター利用される方々、保守員様 両共の安全を
心から 祈り願っております……
今日 長々と全て お話
したのは これから 
刑事罰、そして民事訴訟に
入る為 不利になろうとも
全て話す事にしました。
それは いずれ訴訟が終わった時 私達 遺族は 会社側から 口外しない事を
約束させられるからです。
労災災害 平成31年2月15日 2019年
日立ビルシステム 春名義幸 保守員死亡 
29年11ヶ月勤務(48歳)
神戸いかり作業所エレベーター死亡事故
エレベーターピット内即死
神戸東労基署、神戸西労基署
令和2年10月 労災認定 されました
兵庫警察署
労働災害死労災遺族 妻 原告 春名直子
            原告 春名涼真
            原告 春名柚杏
            原告 春名桃杏
        代理人弁護士 4名 
     【御礼】
いかり作業所の職員様 エレベーター事故が
発生した際 会社側 保守作業員のかわりに
救急車を呼んで下さり
到着まで 救急隊との連絡対応等をして下さり、又 当時の
主人の倒れていた状況 救出までの話しなど
私達が 知る事が出来なかった主人の最期を
教えて下さり、焼香や 3回忌後も 手をあわさせて下さる機会を頂き 事故の際 ご迷惑おかけしてしまったにも関わらず ご配慮して下さり 心より 感謝致します。
ありがとうございました。
           故 春名義幸
           妻 春名直子
        
【追記】 2021年10月21日 やっと
読売新聞朝刊にて 故主人についての
エレベーター事故が新聞記事掲載されました