「インテグラル・ヨーガ」パタンジャリのヨーガ・スートラ

 

をもとに、私なりの解釈を語ります。

 

 

 (14)修習は、長い間、休みなく、大いなる真剣さをもって励まれるのならば、堅固な基礎を持つものとなる。

 

まず、修習とは。

 

こうするぞ!こうなるぞ!っと強く心に決めたなら、それ相当の努力をするということです。

 

例えば仕事で支障のないくらいの英語力が欲しいのならば、

 

3日間スクールに通ったくらいで結果を求めてはなりませんよ。ということです。

 

 

 

 

 

自慢したいのではありませんが、今思えばあの時私、修習してたんだなって思う

 

エピソードをお話ししたいと思います。

 

 

私は4歳から15年間続けた習い事があります。

 

それはバレエのような、新体操のような、フィギュアスケートのような、

 

からだを使って表現するスポーツでしたので、相当な柔軟性が求められました。

 

私は、運動神経が抜群にいいわけでもありませんでしたし、習得するのに時間のかかるタイプでした。

 

しかし、言われたことはしっかりと守りたいと思う性格なので

 

コーチから風呂あがりに柔軟をしなさいと言われ毎日欠かさず続けました。

 

はじめは15分、そして30分、そして1時間、、、

 

日に日にストレッチにかける時間を長くしていきました。

 

どのくらいという時間指定はありませんでしたが、ただ自分がやりたかったので

 

最終的には毎晩2時間のストレッチを2年間続けました。

 

その成果もあり、チームで1番の柔軟性を培い、

 

センターとして使ってもらう機会も多くなりました。

 

もちろん泣きながら、嫌々やる日もありましたが、

 

今思えば、頑張ってよかったと胸を張って言えます。

 

 

そしてヨーガスートラを読んで、この章に出会ったときは

 

あ、これあの時の私のことだ。と瞬時に思いました。

 

 

 

 

しかし、この柔軟の経験はいいとこづくしなわけではなく、続きがあるのです。

 

次回語ります。