5/27の続きです。
〈2018年〉
この年の三月まではわりと時間に余裕がある人なのかなと思っていた。色々な習い事をしているようで、多趣味の人なんだなあって…。その間、アジア各地を旅行している様子でタイやベトナム、台湾を旅行していると言っていた。アジアを旅しているようだけれど髪の色を久しぶりに染めたと言っていたのもこの頃だったね。
四月、桜がひらひらと散り始め、私も日本の生活になれて来た頃、貴方はこの頃からよく色々な国の雑貨屋さんの話をして私を楽しませた。もしかして貴方はバイヤーさんなのかなとこの頃は思ったりもした。
仙台の話がたくさん出てきたのもこの頃かな…ずんだ餅?牛タン弁当?
美味しそうなものをあなたはたくさん知っていたね。
六月、今度は北海道へ行ったらしくここでも美味しいものの話ばかりだったよね。
七月、あなたは今度はフランスへ…この人はもしかしたら世界の食レポをする人かしらと本気で思い想像していた私…
フランスへ行ったかと思えば日本でサーフィンをして、羨ましいぐらい自由な人なんだなあと思ったのもこの頃かな…
私はと言えば、自分の感情抜きに、ただクライアントとその相手の会話を繋ぐ通訳というこの職業、そして立場に疑問を感じていた。自分が思う言葉を発してしまいそうだったり、微妙なニュアンスの違いが相手を誤解させるのではないかと確認しても、クライアントやクライアントの商談相手が言いたいことは『A』なのだと言えば『A』と言うしかない、そのもどかしさを感じ始め、自分は『A➕B』なのになと思っている自分を抑えきれないことが多くなっていた。
クライアントが話している言葉を出来るだけ日本語のニュアンスに近づけるのは簡単でも、奥深く微妙な感情を交えた日本語を英語にすると、どうもしっくり来ないことが積もり積もって、自分をAI化して仕事をしている気がするとあなたに投げかけてみた。
あなたは、
「話している表情を見て感じてみてから通訳してみたらどうかな…」
それだけ書いて送って来た。
そう、私は言葉だけを訳そうとしていた。その言葉と一緒に表現される表情を読んでいなかった。
その表情に合った言葉があるはずなんだ。意訳ではない言葉がどちらの言語にもあるはずなんだ…
きっと私の職業はいつか全てAIが取って代わるだろう。イヤミやジョークまでもAIが見事に訳す時代が来る日まで、私はAIのできないことが出来る通訳を目指そう。
お礼のメールを送るとあなたは、
「これは僕もある人から言われた言葉なんだ」
と短い返信…
私は益々あなたが一体どんなことをして生計を立てているのか全く見当がつかなくなった。
一年の半分が過ぎ、私はシアトルにいた。大学時代の友人が一ヶ月間東京で仕事をする間、お互いの家を交換しないかと持ちかけて来たからだ。
七月から八月というのは比較的仕事の量が少ない時期だということと、シアトルを拠点とする野球チームの取材に同行するという仕事があったので快諾…
シアトルの人々はせっかちなのか皆ものすごいスピードで車を運転する。大きなもみの木と素敵な家々をもっとゆっくり見ていたいのになんだか落ち着かないまま、タクシーは友人のアパートに辿り着いた。
シアトルは雨が多いと聞いていたのに、到着してから一週間はずっと快晴…窓を開けて眠ると寒いほど、夜の気温は低かった。なんの香りかな…もみの木かな…夏なのにクリスマスの香りがした。
夏になってもあなたとのメールのやり取りも続いていて、この頃あなたはキャンプに興味があると言っていたね。シアトルには道路脇にテントを張ってそこで暮らすホームレスの人がたくさんいるよと書いて送ったけれどそのことに関しては、何の反応も送って来なかったのにはきっと深い訳があったんだろうと思う。