今日はとても素敵な、鉾田への旅レポートが届きましたのでシェアさせていただきます。
momoken さん、ありがとうございます♪
一緒にツアーに参加しているような気分になります! 今日は落ち込んでいたのですが、momoken さんのレポートを読んで元気になりました。
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鉾田の海へ
4月2日、日曜日の朝 集合場所の土浦駅東口に行くと「春馬くんのツアー参加の方ですか?」と女性の声。声の主はツアーのコンダクターをしてくださる地元の春馬くんファンの方。やはり春馬くんファンの旅行会社社長と合わせて総勢13人のアットホームな旅が始まった。この社長さんが春馬くんゆかりの地を巡るツアーをするようになった経緯を伺って感動した。滋賀県にある旅行会社の社長さんは天外者を観ている時、友厚と豊子の墨絵のシーンの奥に見える松でピンと来たそう。「見たことある!仕事で何度も訪れている外村繁邸に間違いない!」外村邸に撮影が実際にあったことを確認した後、天外者のロケ地を巡るツアーを企画することに。それからは次々と春馬くんゆかりの地を巡るHARU TOURを企画して、春馬くんファンがひとりでは行けない所に案内するようにしているとのこと。
マイクロバスに乗り込んで9時過ぎに土浦駅を出発。最初に着いたのは土浦協同病院。TWO WEEKSで、はなちゃんが入院していた富岡総合病院である。緑に囲まれた立派で素敵な建物。日曜日の静寂の中、聞こえるのは春馬くんファンの声だけ。幸い病棟は奥まったところにあるようなので、入院患者さんには聞こえないだろう。敷地に足を踏み入れると、すぐに大地が退院するはなちゃんを待っていたアプローチが目に入る。春馬くんが来泉ちゃんを抱き上げた場所に立ってみる。正面玄関左手ゆるやかな曲線状の白い外壁の下部は広く大きなガラスのはめ込み窓になっている。ガラス越しに覗いてみると見覚えのある待合室。水色とアイボリーのソファ。血液検査のために来た大地がすみれと会った場所。
2019年の夏、春馬くんは確かにここにいたのだ。ロケ現場はあの時のままなのに春馬くんがいないことが信じられない。土浦協同病院について調べてみると、平成28年に移転新築したばかり。ロケ地には最適だと思う。800床の総合病院で救急医療から先端医療まで担う地域の基幹病院。移転する前は、真鍋新町にあったらしい!。春馬くんの小中学校時代、土浦協同病院は近くにあったはずだ。親しみ深い病院でのロケだったと思う。
国道354号を走り霞ヶ浦大橋を渡って道の駅たまつくりに到着。バスを降りて霞ヶ浦沿いに少し歩くと
白い灯台が見えてきた。写真集「たぶん」の中に出てくる可愛い灯台である。ロープが張ってあり灯台のそばに行くことはできず、岸から写真撮影。コンダクターさんが持参していた「たぶん」を頼りに湖畔で春馬くんが撮影していた場所を数ヶ所確認して撮影した。
11時頃に鹿島鉄道の北浦湖畔駅到着。ここも「たぶん」の撮影場所。高い位置にあり見晴らしがよく、周囲の田畑や北浦が見渡せる。無人駅である上にホームに誰もいなかったので気兼ねなく撮影会が始まる。春馬くんが座っていたベンチで。ホームの手すりに手をかけて遠くを眺めている春馬くんと同じポーズで。走っている電車を追いかけている写真があるのだが、下り電車がもうすぐ来るとわかりホームに並んでシャッターチャンスを待った。「来たよ~」一斉にスマホを構えて待っている女性たちを見て、電車の運転手や乗客たちはどう思ったろう😅
いよいよ鉾田の海へ向かう。国道51号を北上して右手にお食事処あさひが見えてから少し先の住宅街に入る道を右折して進む。ここからは地元の人でないと迷ってしまうだろう。Y字路などもあって、どちらに進むのか判断に悩むような細い道をくねくねと進む。バスを降りて少し歩くと建物や木々の間から海が見える。やっと来ることができた春馬くんの海。スマホの写真情報から鉾田市荒地という場所であることを知る。
坂道を5分ほど下ると春馬くんのテトラポッドが目に入ってきた。坂道を下りきったあたりの浜との境目に鎮座している。テトラポッドの上であぐらをかいて少し右を見ている春馬くんが目に浮かぶ。見て触れて満足できると思っていたのだが、次々と皆さんが座って写真撮影しているのに便乗して座ってみることにした。お仲間のひとりにお願いして春馬くんのように右を向いて写真を撮ってもらった。ここに座って春馬くんは俗世間の煩わしさから解放されて癒されていたのだろうか。とにかく彼と同じように座っていることが嬉しかった。
今回、気がついたことがある。「春馬くんのテトラポッド」と呼ばれている波消しブロックが実は3連ブロックなのである。正面から見るとH型なので、一度水平部分に乗ってからトップに座れるので、テトラポッドよりも座りやすいと思う。
浜辺に近づくと眼前に広がる海と奥には太平洋の水平線。風が強めで波が多く立っていた。サーファーにとっては良い波なのかもしれない。ここでサーフィンを楽しんでいた春馬くんを思う。キャッチアウェーブの練習のために初々しい春馬くんもここにいたはず。十数年の間にたくましくて美しい大人の男性になった春馬くん、前宙までやって羽を伸ばしていたね。打ち寄せる波が春馬くんの不在を寂しがっているような気がした。
裸足になって海に入っている方もいる。春馬くんの海を味わい尽くしたい心が溢れていた。砂がさらさらしていて歩くと気持ち良い。砂と一緒に砂浜に散らばる貝殻を拾ってビニール袋に詰めて、鉾田の海の土産とした。
去り難かったが、彼がウエットスーツで歩いていた海岸沿いの道の写真を撮り、坂道を上がった。
最後に立ち寄ったのが、お食事処あさひさん。春馬くんも使っていた座敷に13人分の座布団が用意されていた。春馬くんの好物の盛り合わせの特製春馬定食。鯵フライ、海老フライ、鶏の唐揚げ、豚肉野菜キムチ炒めとボリューム満点!店内は昼どきを過ぎていたが繁盛してる様子。忙しい中、女将さんが挨拶に来てくださる。女将さんは春馬くんとゆっくり話したことはなかったそう。お会計のすぐ脇に春馬くんのサインが2枚飾られていた。2010年のサインには「あさひさん、ごちそうさま」の言葉が添えられていて、「大切なことは」の頃だと思われる実直そうな春馬くんの写真と少し大人びて春馬くんがお店の方や赤ちゃんと笑顔で写っている写真がサインとともに額に納められていた。2018年7月13日と日付けのあるサインには、暖簾の前に立ちお店の方たちと笑顔の春馬くんの写真があった。繁盛しているお店だから沢山の人たちがサインを見ていることだろう。春馬くんの優しさと誠実な人柄が伝わると思う。
社長さんの滋賀弁(西川の兄貴と同じ)での、パワフルでユーモアのある誘導で、自己紹介や、それぞれの春活の報告を聞かせていただきながら食事を楽しんだ。どれも美味しかったが、特に豚野菜キムチ炒めが美味しくて、このレシピは我が家にも取り入れてみようと思った。
午後4時、土浦駅に戻り、予定されていた行程を無事終える。「またお会いしたいですね」解散してそれぞれの帰路に。遠く九州や北陸地方からも参加されていたし、ほとんどの方が一人で参加であることなど、春馬くんファンのパワーを感じる。
このような春馬くんツアーが行われていたり、春馬くんのための花火が上がっていたり、ファンを突き動かす源は全て春馬愛なのだ。いつまでも続いて欲しいと願う。
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追記をmomoken さんからいただきました。
ありがとうございます♪
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https://joshitrip.net/
これが私が参加したツアー会社のホームページです。春馬くんファンは、周囲に春馬くんのことを話せる相手がいなかったり、一緒にゆかりのところを巡る旅をする道連れもみつかりにくいこともあるかと思います。この社長さん、元気で楽しい方です。
あさひさんで披露していただいた話で印象に残ったものを2つ。
前日に銅山堂さんに行った方の話ですが、お店のお菓子の四つが春馬くんのお祖父様に名付けていただいたものなのだそうです。お祖父様が命名したのは、「上代かがみ」「まほろばの里」「小判石クッキー」「排禍ばやし」…お祖父様は考古学者であり、石岡市で校長先生として2年間務められたそうです。
郷ひろみさんのファンの方からの情報。「言えないよ」のデュエットを視聴した郷さんのファンは、春馬くんがカッコ良すぎて歌も上手すぎて「ひろみさんが霞んじゃう~」とちょっと面白くなかったそうです。でも、郷ひろみを長年見てきたファンの方は、郷さんが春馬くんとのデュエットを楽しんでいることが、他の方のデュエットと比較してわかるのだそうです。また、郷さんのコンサートで「言えないよ」を歌った時に「この曲は大切な曲」と言いながら、春馬くんの話もしたのだそうです。