学校再開して2週間程度で休校になり

また2週間程度経った。

誰もいない学校に行って事務作業をし

家に帰ってもいつ始まってもいいように

授業の準備をする毎日。

 

そんな中、授業のリモート化が少しずつ進んで

もう学校の授業を全部リモートでやりましょうとか

考えられないようなことを言いはじめてる。

 

果たして学校=授業なのか

勉強して良い成績をとって進学就職させるのが学校なのか

違うと思うね

「学校は小さなひとつの社会」っていうのは定義

いろんな人がいるからいろんな関わりを学べるのが学校

 

リモートの授業では育てられないものが学校にはある

だから私の授業は脱線が多かったりする。。。反省してるけど

国語教師として「会話」を重視した授業がしたいのと

教師として生徒たちに人との関わりを学んでほしいのと

いろんな思いがそこにはあったりする。

 

いつでも24時間教師であることを意識してる←本当か?

どこにいても教え子は大事にしようと思ってる。

今もこれからも大人になっても関わり続けられると思ってる。

そういう人と人との関わりってやっぱり学校でしかできないんだよな

 

まあいろいろ大変なときだけど

大変なときだからこそ

みんなで力をあわせて

頑張っていかないといけない

 

そういうこともこれからの学校生活で学んでほしいし

私と違って、広い視野を持った大人になってほしいと思っている。

 

今、考えてるのは以上。

 

公立に転職して思うこと。。。「さびしくない」ということ。

 

いや。もちろん昔の教え子のこと忘れてないし

未練タラタラwだしw

もう会いたくて仕方ないけど

こんな時季だから仕方ないよって感じだが

まあそれは置いといて

 

「孤独」を感じなくなった。

 

学校の教育活動ってやはり学年で作るべきだと私は思うんだ。

学校行事・生徒指導・進路のいろんな指導等々

これらは学年会という会議で話し合われ

学年で取り組むことで生徒の教育活動が円滑に進むんだよ。

それで学校行事をみんなで盛り上げましょうとか

みんなで力を合わせて指導しましょうとかできるんだ。

校務分掌とか学科とか教科は

学年をバックアップするための組織だと思う。

 

朝の遅刻指導だって学年で取り組んでます。

毎朝?ずーっと平日年中無休交替なしで?

もうやりませんよw

 

学年のことがわかっていると情報も共有しやすく

今この学年にどういう指導が必要なのかが見えてくる

そして効果的な指導ができるから良い?生徒が育つ

かどうかは別として

負担が軽い。授業に専念できる。自分を磨く時間ができる。

ありがたい。

 

そしてコロナ終息したら

思いっきりスポーツ観戦するんだっ

バレー・野球・剣道・テニス・ソフトボール他にもたくさん

当たり前の日常が来ますように。。。

現在学校は休校中で生徒は登校できないが

私が退職するというので(本当の理由はわからないが)

アポなしで生徒が学校に来てくれる

 

卒業生はそうでもないのだが

在校生と会って別れた後は

本当に残念な気持ちが心にあふれる

 

残念な気持ちになるなら辞めるなよ

って思う。。。

だが

生徒への愛に比べて

我慢ならない何かが勝っている

とにかくその我慢ならない何かが

私を私らしく生かしてくれない

 

ならば

私が私らしく生きながら

愛する生徒を応援したい

と考えた結果が退職だった

 

もしかしたら

生徒は幸せではなくなるかもしれない

けど多分一時的なものだ

3ヶ月もすれば私のことなんて忘れてる

いや1ヶ月かもしれないw

私も新しい環境に慣れて

もしかしたら今の生徒のことは忘れる

 

それならそれで仕方ないが

あと1年は変わらない心で

彼らを応援していこうと思う

 

自分が自分でいられる環境から