結局、頭が良かったんでしょう | 高校数学の達人・河見賢司の日記

結局、頭が良かったんでしょう

こんばんは



僕は、小さいころはっきり言って落ちこぼれでした。僕がいったんじゃなくて、僕の担任の先生がそう言っていました。



僕の姉には、「あんたとこの落ちこぼれ、どないかしてくれ」そういったそうです。



でも、僕はそこから自分なりに勉強をがんばって、大学に進学することができました。



このあたりの話をもう少し詳しく知りたい人は、河見のプロフィール を読んでください。



僕、よく高校生とも、講師仲間とも「小さいころ、自分は頭が悪かった話をします」



というのも、高校生の中にも「自分が頭が悪いと決めつけて、それを理由にして勉強をしない人が本当に多いから」です。



僕が小さいころ頭が悪かったといっても、ほとんどの人が「もともと頭が良かったんでしょ」と言います。



そう言われると僕は、「そうかもしれません」というようにしていますが、心の底ではそは思っていません。



僕は、はっきり言って頭が悪かったと思います。頭は悪かったけど、自分の頭の悪さを認めない、そういう気概がありました。



日本語として少しおかしいかもしれませんが、周りの人間から頭が悪いといわれて、自分も自分のことを頭が悪い、そう思うと、本当にどうしようもない人間になると思って、自分自身では自分の頭の悪さを認めようとはしませんでした。



それから、思うことがあり一生懸命勉強をしました。今、高校生に数学を教えていますが、彼ら彼女らは僕なんかより本当にすんなりと理解していきます。



たまに、僕が高校生時代なかなか理解できなかったのと同じような問題が出てきますが、彼ら彼女らは本当にすんなりと理解していきます。



そういったときは、「ああ、ホンマに俺ってアホやったんやなぁ」なんて思うこともあります。



でも、そんな僕でしたがはっきりいってかなりできるようになりました。浪人時代は、小さい予備校でしたがダントツのトップで、英語、数学、物理は全部偏差値70を超えていました。



結局、何が言いたいのかというと頭が悪かろうが、なんだろうがコツコツと勉強していたらなんとかなるということを言いたいのです。



去年、教えていた高校生が途中で希望大学を変更しました。その彼曰く、「自分の限界を知った」でした。



僕は、はっきりって失望しました。



「そんな簡単に限界なんて言葉を使うなよ」と心の底から思ってしまいます。僕は、大学で人生が決まってしまうなんて決して思っていません、ただ残念なのが彼が10代の本当に若いうちに自分に対する言い訳を覚えてしまったことです。



「限界を知った」というほど都合のいい言葉はありません。



「限界なんてない」というと「耳触りのいいこと言うな、確かに限界はある」という人がいます。そして、残念なことにそういう批判的な人ほど賢く見えたりするんです。



僕は、「限界はあるかないか」はわかりません。ただ、僕も含めて限界に達している人は本当に、本当に少ないように感じるんです。



今まで、これはということに向けては一生懸命頑張ってきました。そのほとんどは、「お前には無理だ」というものでした。



でも、意外にやってみればなんとかなっています。



自分に都合のいい言い訳を考えて、行動をしないことに対する、自分ががんばらないことに対する理由にしている人がいます。僕もそんなことあります。



でも、それってなんというかかっこ悪いです。行動できないのなら、勉強できないのなら、そんなみっともない言い訳をしないで、「サボってしまってスミマセン」そういう潔い意見の方がいいと思います。



なんかとりとめもなく、説教くさい文章ですみません。でも、自分は頭が悪い、そのことを言い訳にせず、それを認めずにやっていれば意外になんとかなるものです。



それでは、がんばってください。