はじめ「うちって一般庶民?」

私「そうやな」

は「富裕層じゃないんや‥」

私「え、いやはーちゃんどう思うん?」

は「富裕層やと思う。だってな、富裕層ってお金のことだけじゃないんや。人類は目に見える物で判断するから、お金は目に見えるから分かりやすいだけや。うちは幸せやから富裕層や」

自ら循環を回す人となる

今ここにどっしり在る

宙ぶらりんを耐える


このへんが最近のテーマです。


事象や人に出会った時、まず「自分の得、利益をもたらす事/人か」という観点一番先にきていたんだと思う。

自動思考となっていた。


宙ぶらりんを耐えるというのは、私はすぐ白黒つけたい!よくわからない状態があれば分析して「分かる」🟰白黒つける状態に一刻も早くすることが最初の視点だった


「分かる」とは分ける、であり無限の可能性の中から2元に分けてしまうことでもある

無限のまま置いておくってことでもある







頭のスイッチを切り替えるとそこにはどこまでも湧いてくる泉がある


それはいつ何時も流れ続けている

そこには言語はなく、もちろん判断もない

ただ静かさと温かなエネルギーが流れる


何があっても、そこに戻ればよい