帰りの飛行機の中でも
彼女は悲しみにくれていた

なんで、私というものがいるのに?
??????

って自問自答したに違いない


全ては
私の言葉のボキャブラリーが足りない
ことがいけなかったのだろう

ことの発端は
彼女に出会うほんの一週間?ほど前に
ある趣味のFBの友達の友達の投稿をみていて

海の綺麗な写真と走っている姿、風景が
気に入って友達の申請をして友達になったのたのだけど、それはFB友達にありがちな
「友達」であり特にどういうことでもない

言ってみればファン?って感じで
彼女に説明会したのが
まずかった


というか、彼女はこの言葉が頭にきたようだった


さらに、友達ならFBのコメント欄でやり取りすればいいだけのこと

なんでわざわざ、messengerでやり取りする必要がある?


もちろん、彼女のいうことにも一理あるのだが

自分としては、コメント欄でのやりとりは
すこし言いたいことがつたわらない?

深い意味ではなく


ボキャブラリーの少ない自分の言葉を
他人に見せたくないってこともあった


実際に、やりとりは彼女に見せたし

他人行儀な言葉遣いになっている


そこに、いやらしい気持ちはまったくなかった


それでも、彼女にそう思わせたことは
間違いないことだってので

彼女をその場でブロックした


話がしたかった前後がするが

ブロックした彼女のおかげで
今の彼女と知り合うまでのきっかけとなった
彼女をである


ブロックした彼女のいいねボタンを推された先に今の彼女の投稿をたまたまみて

綺麗な写真、仲のいい家族、微笑ましいし

なんと言っても
彼女のアーティストとしての魅力に
惚れてしまったからである


彼女のそのアートは今まで見たこともなく
エキゾチックでなおかつ
女性の美を浮かび上がらせていた


私はいいねボタンを押して


そして、彼女から良かったらと
逆友達申請が来たところから

今の付き合いが始まったからなのだ


その恩人を捨ててまで


私は彼女から離れたくなかった


愛してやまない存在になっていたのだ




 

帰りの空港から自宅に戻るまで
悲しみにくれていたであろう彼女

私が
彼女をどれだけ思っていたかしれない


一方で、この幸せな三日間が全て
台無しになってしまったと反省すると
ともに


なんで、信じてくれないんだという
悲しい気持ちにもなっていた


喜怒哀楽が激しい彼女であったので
ここにきて、帰るという

離れなきゃいけないという気持ちが
なおさら彼女を追い詰めていたのだろう



今となってはそう思える



数日後、元通りに愛してくれる
彼女が


スマホの向こう側に
いつも通りにいた




つづく