最近、父の物忘れが激しくなってきました。
父自身が それを認めて嘆くので、メモを取るようにしたら?と、
言ったのですが、絶対にしません。 メモを書く、という習慣が無いから
気分的に どうやら、とても めんどくさいもののようです。
私は、ノート書きからメモ書き、それが手近に無ければ
レシートの裏にでも 何でもよく書きます。
思いついた事や 心に浮かんだことなど、書き始めると面白くて
辞められません。 書くことは、私にとって、実に多くの意味を持っています。
ぼんやりとして まだ明確でない事から、何故上手くいかないのか?
という疑問まで、書き始めると 次第にその輪郭が現れ、書き進めると
それが何であるのか解って来るのです。
それはまるで、宝物を発掘しているような時もあれば、
真っ暗な暗闇の中で、一筋の光を見つけ、それを辿って出口を
探し当てるように感じる時もあります。
書く中で、勇気が湧き、自分の力強さを感じることもありますが
逆に、弱気な自分、悲しい自分に出会う事もあります。
そんな 書く、という行為の中で 最近、とても深く思う事は
メモ書きの有効性についてです。
今、解っているのに きっと忘れてしまうだろう事への注意書きや
ふと 心に浮かんだアイデア、また 感銘を受けたことを思い出させる
キーワードなどを書き留める事は、今の私が、未来の私に向けて書く
メッセージだと思えるのです。
これを忘れてはいけないよ!という事や、ただ単に思いついたアイデアも
時が経つと、今の私に必要な情報で、それによって、ミスをせず
スムーズに事を進められたり、アイデアに救われたりすることが
多々あります。また、感銘を受けたことを、キーワードにして
残しておくと、目に付いた時に、その時の思いをよみがえらせ
自然に意識を集中させて、進むべき方向への 指針となります。
そんな体験を 何度となくすると、メモ書きと言うものは
自分に対する励ましであり、期待であり、愛情なんだなぁ。と
思うようになりました。
何気ない走り書きだけれど、過去の私が 未来の私に贈る
思いやりや心遣いにあふれた意識のバトン。
そんなステキな習慣を 始めてみませんか?