Vol.18 「スーパーセールスマン(2)」 | ノムラ證券残酷物語

Vol.18 「スーパーセールスマン(2)」

彼は、仙台支店に配属になったこと自体不満だったようで、どうして自分が都心部の大店で資金量の大きな場所で勝負できるところで最初から配属されなかったのかをバネに、その後も大飛躍を遂げたと思います。


彼の(壮絶な!)逸話は数多くありますが、新人時代、まず夕方寮に戻ると、ほとんどの新人がスーツを脱いで夕食をし、風呂に入り、時には同期と早々と酒を飲み、ある者は彼女とデートに出かけている中、6時過ぎに支店に戻るとスーツを着たまま夕食を駆け込み、そのままカバンを握り締め寮の近くの住宅街を戸別訪問に9時過ぎまで飛び込みに出かけたそうです。はい…自発的に…更に、今日一日に会い名刺交換をした全ての見込み客に、自筆の手紙を書き、翌日にはポストに投函し初回訪問のフォローをしていたそうです。


彼はまた仙台の大物見込み客の飛び込みを40日間近く連続で同じ見込み顧客に対して飛込みを続け、断られても断られても通い続け、終にビルの非常階段から社長室の前の秘書室に飛び込み、呆れ果てた顧客に終には面談を了承させ最終的には彼の最初の大口顧客となったとか…


結婚後も、彼は1日見込み客に500通の挨拶状を出していたそうで、何かのリスト(紳士録とか帝国データバンクの資料など)に基づいて自己紹介と面談の依頼のレターをコピーしておいて、宛名は、毎日、400通奥様が書き、100通は彼が自宅に戻り自筆で書いていたといいます。これを毎日必ず繰り返していた彼は、当時も昔も、ノムラには伝説的なツワモノは数多くいましたが、少なくとも我々の同期前後の中では彼に勝る営業マンを私は知りません。


ただ、彼はある事があってノムラ證券を数年前に辞めました。その後彼は某中堅証券会社の社長をしていると聞きます。いろいろな逸話や、そして噂がある人間ですが、正真正銘本物のスーパーセールスマンであることは間違いありません。


同期は営業成績で部門事(株式手数料、募集手数料、その他詳細は忘れましたが・・・)に、また都心部の大型店舗と地方都市の小規模店舗では当然に経済規模も異なるため多少はランク分けされていたような…記憶が定かではありませんが、手数料の数字では当初から群を抜いて彼が大物ぶりを発揮していたような気がします。ただ、虎ノ門支店の同期のT中君は、この超大物I村君の成績を凌駕する成績をたった一人の「超ドでかい大物顧客」1社のおかげで何度か彼を抜き1位を誇っていたこともシバシバあったような…同期の間でも「なんでT中がぁ~!」って「超~ラッキー野郎!」って呼ばれていたのですが、その秘密は誰も分かりませんでした…