Vol. 6 「社長お願いします!」 | ノムラ證券残酷物語

Vol. 6 「社長お願いします!」

名刺とカバンを渡された我々は、引き続きH田主任から飛び込みの要領について説明を受けることになった。「まだ入社2日目だろぉ!何も分からないのに~」って思いが頭の中をぐるぐる巡っていましたが、全く有無を言わさない、そして落ち着き払った、冷たさを漂わすメガネの奥の目には、我々のような学生気分のチンピラには、一切妥協も反論の余地も許さない厳しさがありました。


「まず、ここに野村週報がある。一人今日のところは100部カバンに詰めてこれを持って行け!それとここに地図が3冊ある。お前らの今日回る地域は、まずT中!お前は虎ノ門1丁目、N野、お前は虎ノ門2丁目、K、お前は西新橋1丁目だ!丁寧に端から全部のビルに飛び込んで、この辺は、森ビルが一杯あって、回る会社にはこと欠かないから、全部のビルに飛び込め!まずエレベーターで最上階に行くんだ。その後は、そのビル全部の会社に順番に上から飛び込んで来い!いいな!全部だからな!」って…


「あのぉ~~受付なんかに行って、どんな風に話しかければ良いんでしょうかぁ~~~」同期の全員を見渡しても、「ボケ具合」では傑出の神戸商大応援団団長のT中君が、恐る恐るH田主任に質問しました。「T中!何でも良いんだ!ただの度胸付けなんだから!その代わり、絶対に守って欲しいことが一つある。必ず受付で、『野村證券のT中と申します!この地区を担当となりました!ここまでは何でも良いからな!お前のセンスだな!でも必ずその次は、『社長さんお願いします!』って言うんだぞ!お前らは新入社員でも、野村が取引すべきは企業の社長か、最低でも経理・財務部長なんだ!だから度胸試しの意味もあるが、必ず飛び込みは社長お願いします!って言うんだぞ!」って!


「あっ!それと言い忘れたけれど、俺が1年間お前らの面倒を見るインストラクターのH田だ!なんか分からないことがあったら俺に聞いてくれ!まあ良いか!もう直ぐ9時だから、9時過ぎたら行って来い!それと今日は11時には一度戻れ!Y田課長の話があるからな!」って、そりゃぁ~~~あっさりしたオリエンテーションで、彼は隣の戦場である営業場に戻っていきました。我々3人は少しブースに取り残され9時過ぎまでの10分程度、誰も一言も喋らずただ黙々と名刺を真新しい名刺入れに入れたり、週報をカバンの中に詰め込んだりしていました。私の頭の中は、隣の営業場から聞こえる聞きなれない短波ラジオの音と、何だか分かりませんが、何人もが朝から大声で怒鳴っている声がグルグル回っていてだんだんドキドキしてきました。