~認知症の祖母との暮らしの始まり~

我が家は5人家族だった。
父、母、母方の祖母、弟、私
普通の家庭だった。


2024年10月末
我が家に認知症を抱えた父方の祖母が引っ越してきた。
これを機に我が家はストレスを抱える日々を送るようになった。

我が家は介護を経験したことが無かった。
加えて、認知症に関する知識もなかった。
認知症の祖母が我が家に引っ越してきたことは突然のことだったため、家族は誰も事前に認知症について調べることはしていなかった。
そのため全くのド素人5人が認知症の人間と暮らすことになったのである。


認知症の祖母が引っ越してきた初日、無知であった私は
「いつか私の名前も忘れちゃうのかな?」
と能天気なことを考えていた。

しかし、現実はそう単純なものではなかった。

風呂に入りたがらない。体をまともに洗わず、湯船に大量の垢が浮く。
自分のものを自分のものでないと言い、他人のものを自分のものだと言って、他人のものを自分の懐に隠す。
一度もやったことがないはずのことを「いつもしている」と言う。
母のことを「息子(父)の奥さん」ではなく、「謎の女性」として認識している。
自分が認知症である自覚が無い。

認知症をただ物忘れが激しいだけの病気だと思っていた私たちは衝撃を受けた。
無知ながらに、認知症は物忘れが激しいのではない。脳が常に混乱を起こしている病気なのだと感じた。


しかし
頭ではわかっていても、初めての環境と経験。ストレスでいっぱいだった。

さっき言ったばっかりじゃん。
昨日も一昨日もその話したよ。
それはあなたのものじゃない。
また体を洗わずにお風呂から出てきたの?
つい最近買ったばかりの下着がなんで一枚も見つからないの?
余計なことをするな。
勝手なことばかりするな。

このセリフを言い続ける毎日。
 

なぜ当たり前のことがわからないのか。
なぜこんな簡単なことができないのか。

こんなこと、少し考えればわかることなのに、元の平穏な暮らしを維持するため、私たちは考えることを放棄していた。

父は毎日声を荒げた。毎日言ってもわからない認知症の祖母に怒りが抑えきれなかった。
母の表情は暗くなった。同じ女性ということで一日付きっ切りだったから。
母方の祖母は愚痴が止まらなかった。娘である母が父と結婚しなければ、赤の他人であったはずの人といきなり同居生活を強いられ、しかも認知症ときて我慢ならなかった。

我が家の空気は、日に日に重くなっていった。
 

会話がなくなり、
笑わなくなった。

代わりに
説教と
愚痴と
喧嘩が増えた。

 

そんな日々が続いたとき、私は妙に納得した。
介護殺人が起きる理由。

どれだけ優秀だった人でも
どれだけ心優しい人でも
どれだけ大切な人でも
介護のせいで、気づけばその人は憎い人になってしまう。

介護さえなければ、私は、私たちは、好きなように生活ができていたのに。
この人のせいで、あれもこれも奪われて。

つらい。

つらい。

逃げたい。

誰か助けて。

 

認知症の祖母に振り回されるのも
認知症の祖母を叱る父の怒声を毎日聞くのも
暗い表情で目つきが鋭くなる母の顔を見るのも
認知症の祖母だけでなく、その息子である父のことまで悪く言う母方の祖母の話を聞くのも

全部嫌だ。

全部全部嫌だ。


楽しみだったはずの家族で食卓を囲む時間は
いつしか苦痛になっていた。

 

 

認知症の祖母と同居する大学生②に続く