最近、地震の事が騒がしい・能登半島の地震に続き、
今朝も房総半島で地震があったようだ・
老いぼれて思うに地震の記憶はイヤな思い出ばかり・
1995年1月17日、5時17分 阪神、淡路大震災がやって
きた・私は揺れが収まるまでコンクリートの柱にしがみ付いてい
たね・いつもは6時に起きて仕事に行く準備をします・
そんな中の大激震・!自然災害の前では、人間社会は無力だな・
あちこちから「大丈夫ですか?」と声が飛び交っていたね・
テレビをつけると神戸の街が火と煙に包まれていたよ・私は
この時「ソニー・ステーション明石」のマネージャーでした。
とりあえず「ソニーサービスステーション神戸」の様子を
見に行くことにしました。家内におにぎり5ケ程握ってもらい
車で出かけました・朝7時に家を出て東灘区のステーションに
着いたのは午後2時頃でした・
家は燃えているし、電柱は好き勝手に傾いているし、けたたまし
い犬の鳴き声が響いていました・町全体がバランスを崩した廃墟
のようでした。1時間ほど「ステーション神戸」の状況を確認
し、大阪の本部長に報告しました。
私はこの時、携帯電話を持っていたのか?今は思い出せない?
神戸の街は車で溢れ、消防隊や救急車、警察車両などは全く
動けない状態でした。壊れた家の前にお人形がひとつ私を睨んで
いたね・この家の方はどうなったんだろう・?同時に人間は
いざとなると自分の事しか考えれないんだ・と思いました・
それよりも、こんな事態を兵庫県は想定してなかったよね・
家に帰ったのは夜の11時頃だったか・?疲れていたので
家内におかゆを作ってもらい、その後すぐに寝たようです・
(あとで聞きました・相変わらずのアホな人生です。)(笑)
次は・最終章・です。