2/24 Tue

 

少し調子が良さそうな娘。幸い熱も出ていない。

日曜日に行く予定だった買い物に誘ってみると午後から行く、とご機嫌で宿題を始めた。

 

私はその間に走りに行って来た。

普段行かない屯門駅の南側を少し見てきた。

新しい公共住宅が建っていたり、その住居前にバス停ができてたくさんの人が並んでいたり、

屯門泳池(50mコースのプールが2面、他に小さめが3面だったか、とにかく広い屋外プール。観客席もあって、区内の大会も行われていた)が閉鎖されて工事現場になっていたり(周囲の歩行者通路は封鎖されているので大回りした)。

 



屯門泳池は同じ名前で場所を移し、昨日2/24から営業を開始した。

新しい場所は400mほど西に行ったところにある屯門康楽体育中心だそう。

 

帰宅後お昼を一緒に食べて(娘はいつもより小食だった)、MTRに乗って深水ポに出かけた。

娘が好きな玩具屋さんがあり、ひとりで行けるようになるのが目標だ。

今回はMTRの乗り換えは自分で調べていたし、深水ポに到着してからの出口もきょろきょろしながらなんとか自力で地上までは出ていた。そのあとお店までは、もう分からない、とプチパニックになりつつ右往左往し、何とか到着。

 

しばらく一緒に見て、ひとりで見たいだろうと私は他の店を見に行き、戻ってから更に悩み、娘は可愛いグッズを購入した。

お小遣いをほとんど使わない娘、使わないものは買わないんだよ、と私に口を酸っぱくして言われているので購入品の厳選にとてつもなく時間がかかる。我が家のスペースとほとんど変わらない、小さなお店の滞在時間は45分。

 

その後娘が学校で使う文房具などを買ってから(こちらはかなり広いのにどこもかしこもいつもとても混みあっている店で、娘が入ったのはたぶん初めて。商品を見てウキウキだったけれど、人混みでちょっと辛そうだった)バスに乗って屯門へ。

ドンキを一回りし、もう帰ろう、というので帰宅。

 



半日で歩いて疲れただろうけれど、それでも夕食は普通のものを食べられていた。

元気になったのかなと思ったのだが、夜中にお腹が痛い、と起き出してトイレに籠ったり、結局痛み止めを飲んで眠ったりでまだ復活できていないみたい。

2/23 Mon

 

幸いまだ正月休み。

娘は朝からいつものようにシリアルを食べ、元気そうだ。

午前中のうちに買い物にも行って来た。娘はお留守番。

 



私が帰って来るまで宿題をしていて娘だったが、気持ち悪い、お腹痛い、とお昼前にベッドへ。

 

午後にはいつもの病院の予約が入っていた。

娘を起こして病院に向かう。お昼ご飯は抜き。

気持ち悪い、とヨロヨロしている。

診察受付時刻にはぎりぎり間に合った。

発熱している場合、別室待機になるらしい。一応看護師さんに検温してもらったが、平熱だから問題ありません、と普通に待合室に座って待つことになった。

精神的に不安定な子がの診察時間だったようで、待合室はかなり騒がしく、娘は騒音でやられてしまってぐたり座っていた。

 

診察室に入ると(受付から1時間半後)口頭で状態確認があり、視野のチェックがあり、次回は半年後です、とものの数分で終わった。

そんなわけでそそくさと帰宅。

帰宅後、フルーツケーキを作ってあったので娘に見せると、思った以上に大喜びで食べ始めた。生の果物を煮てから混ぜ込んで、水分多め、やわらかく作ったのでほとんど噛まずに飲み込めるのが良かったのかもしれない。

その後調子が良くなってきたので、気持ち悪いと言っていた原因は、もしかしたら低血糖だったのかなと思ったり。

 

夫はおやつをたくさん買って帰ってきた(食べやすいものを買ってくるよ、と言って出かけた。いつもゼリーやシュークリーム、ジュースを買ってくるのだが食べきれないので、今回はゼリーもジュースもあるよ、買わないでね、と言って送り出した)。

娘は知育菓子的なおやつを作ってご満悦だったのだが、味が好みではなかったそう。残念。買ってきてくれた夫には言わなかったのが偉かった。

2/22 Sun

 

昨日柔道から帰ってきてから元気だった娘だが、朝起きてみると熱が出ている。

頭もぶつけたらしくこぶが出来ているというし(見ても触っても分からなかった)喉もお腹も痛いらしい。

 



そんなわけで夕方の柔道の練習はお休みの連絡をし(先生方も心配して個人的にメッセージをくださった)一日家で過ごすことに。

予定では、夫と昼過ぎにお買い物に出かけることになっていたがそれも延期。楽しいことは元気な時の方がもっと楽しめるし、しっかり治せばいいと思う。

 

ただ喉が痛いので、食事ができない。

油っぽいものは難しいかな、と素麺にしてみたが、それも食べられない。お粥もお椀に半分しか食べられなかった。

薬を飲む前に少しは食べるよう言って無理やり口に入れさせたけれど、それでもほんのちょっとしか食べられなかった。

幸い昼寝をしたり薬を飲んだりしていたら熱は夜には下がった。

2/21 Sat

 

娘、古箏の練習で学校へ。

午後は柔道の練習で太子へ。

なんでも今年も「形」の試合があるらしく、その練習にいらっしゃい、と誘っていただいたのだそうだ。

お正月明け最初の練習日なので、コーチたち(たくさん来て下さる)から紅包(お金)やおやつ、ジュースなどいろいろちょうだいしてきた。

 



私の方は夫の破れたズボンの裾を直したり、布が擦り切れるまで着倒したシャツを切ってウエスにしたり。

お雛様を出したり、古い柔道着を出したり。

雑用をしていたら一日終わってしまった。

2/20 Fri

 

娘、学校の課題でお友達と一緒にカイタックへ向かった。

聞く限り、ほとんど外を歩くこともなくショッピングモールでお買い物をして終わったらしいのだが、ま、中学に入ってからのお友達と初めてのお出かけだし、楽しかったらしいので良しとする。

 

娘、屯門大峽谷、紅花、夕焼け

 
娘は夕方遅くまで戻らないとのことだったので私はハイキングへ。
近所の屯門大峽谷を見に行ってきた。
道路の舗装は以前よりしっかりなされているものの、「大峽谷」は風化がどんどん進んでいて前回歩いた部分が大きくえぐれていたり。小さな子供と一緒に来るのはためらわれる。
今日から平日なのでごみ処理場にはたくさんのダンプカーがひっきりなしにごみを運んできていた。生ごみの臭いが風に乗って感じられるほどだった。
屯門大峽谷と周辺の風景
 
この大峡谷ポイントから引き返さず、そのまま進んで村まで降りて行ったことはあったもののもう3年も前のこと。

おじいちゃんたちがいたので写真もほとんど撮っていない。

足元が悪く、風化した溝を飛び越えたり、滑らないように気を張ったり、そんな道だった。

 

今度は写真をちゃんと撮ろうと思いながら進んでみた。

しかし、しかしである。

 

高速道路並みの広さの道が現れた。

アスファルト舗装ではないが、小さめの石ころが敷き詰めてある。地面は明るい茶色だが、この道は灰色だ。

もちろん風化した溝もないし、草もない。

屯門大峽谷と軍事施設エリア
結局山を降りきるまで、ずっと舗装道だった。出口にはゲートまで設置されていた。
 
花はそれほど多くはなかった。
屯門大峽谷周辺の自然、花、植物
 
ここからは新規開拓の道。
海沿いの村には降りず、軍用地の前を通る稔灣路をひたすら歩いた。
この道沿いには2020年くらいに描かれた同じ作家さんの絵が2kmほど点々と並んでいる(サインと日付が書いてある)。
近所の風景や生き物を描いた絵のようだ。

屯門大峽谷周辺の絵画アート

 
この絵の道が終わると中白泥という地区に出る。公衆トイレもある。ありがたい。
釣り堀のお店、など出てくる(気づいただけで3軒あった)。
しかしここからずっと緊張の道。
人が住んでいる村を抜けていくバス通りを歩いていたのだが(このバス通り以外、隣の村への移動手段がない)、番犬が歩道の真ん中で眠っていたり、じっとこちらを窺っていたり、後ろからつけられたり。神経は全部犬の方に向いたまま歩く。
バス通りだから車も、バイクも、郵便配達も、時折走ってくる。でもかなりスピードは出ている。時にはすれ違えないような道幅だったりして、そちらにも気を遣わねばならない。
 

屯門大峽谷風景、マングローブと村

 
きれいだと噂の白泥天空之鏡(イメージはウユニ塩湖)は、風が強くてなにも写さない。
完全に海の中に生えているマングローブだけはちょっとよかった。
 
沙江村天后古廟のお参りをして、そのまま村の端の海沿いの道を歩いて流浮山へ。
マングローブに囲まれた中に急にボートがつないであったりする(お犬さまが見張っているので写真はうまく撮れず。上の写真は、坑口村の橋の上から。)
 
さて流浮山に到着してハイキング終了。
海産物が並んでいるが、さすがに生モノは少なかった。

カラスミを1袋買ってきた(1ポンド100ドル)。カラスミ、なんていう名前で売っているのかなと思ったら「魚子」だった。タラコもカズノコもイクラも全部魚子なのかしら。

 

海沿いの市場と乾物

 
帰宅ついでに八百屋にも寄ってみたものの、ほとんどのお店が閉まっている。空いているお店も、もう夕方なので何もない。
あと数日は家にある野菜だけで過ごそう。

 

今日のハイキングは14km。でも最初の大峡谷の部分だけが傾斜、あとの10kmほどは舗装路でほぼ平らだった。

屯門大峽谷ハイキング14.28km記録