あの頃私は、世間一般からはみ出さないように、目立たないように生きていた。
他人の目を気にして、他人の態度に怯えた。
答えが複数あることに戸惑い、他人にとっての正解を探し続けた。
世間からはみ出さないように、はみ出されないように。

この世で生きることは、苦しくて辛くて、痛い。でもそれを他人に見せてはいけない。
たくさんの防護服を心にまとい、へらへらと笑う。
傷つかないように、傷つけられないように。

そうしていつしか、私は見えなくなった。自分でまとったはずの防護服に埋もれて。
私は狼狽え、途方に暮れた。


ある時、
それは突然に、
内と外の間で埋もれている自分にフッと笑けた。
その瞬間、私という存在が否応なく意識の中に落ちてきて、疼きとともに私の中で静かな叫び声が聞こえた。

「私を見て」

 


「海」

私はどちらかというと、どうしようもなく悶々としたものを抱えて生きてきた方で、そんな時この本に出会った。

小川洋子さんの紡ぐ言葉は、世間からはみ出たものたちの、その存在を肯定も否定もせず、ただ淡々と柔らかく包み込む。
そのやさしさに私は救われる。
ただ、ここに在っていいのだという無音の響きの中で私は安堵する。