みんな苦しんでる。

子どものころから親に言われ続けた言葉。

辛かった。苦しかった。

私の実家は、厳しい家庭だった。昔ながらの家柄で

「親に甘える」そんな言葉はなかった。

いや。あった。あったけど素直に甘えることを知らなかった。

家では、女、男の役割がしっかりしてて、母親は父親に逆らうことを許されなかった。

中学に入学したとき、親が恋愛血結婚じゃないことを知った。

なんで、こんな家に生まれてきたんだろう。

生まれてきたことを後悔した。死にたいって、誰にも言えず。苦しみはすべて自分の体に刻まれていった。

精神科と出会ったのは、中学三年生の冬。

きっかけは、カウンセラーだった。私の人生に光を与えてくれた恩師…

それから高校2年生まで通院生活を送った

その間、家族の視線、周りの視線はとても冷たく。毎日生きている意味を考えていた。

ひとは、「聞きたくない話は聞かなければいい」と簡単に言う。

私にとって、それはとても難しいことだった。授業中でさえもイヤホンが手ばせなかった。

1人暮らしを始めてから、少し落ち着いた私の精神面は、

専門学校に入って、また形をくづしていった。

精神科に行ったとき、病名が判明した。

その時は、すごいきもちがらくになった。

解離性症障害、軽度の鬱。

あまり知られてない精神症なのかもしれない。

いつその障害が出てくるかわからない恐怖と戦う日々を今でも過ごしている。

何が怖いのかって、記憶がなくなることだ。

解離性。名前の通り、記憶がシャットダウンしてしまう。

その間に何が起こるかわからない、死ぬかもしれない、リスカをするかもしれない、

朝起きて、ベットに赤い血がついてる。首にコードやベルトといった紐がある。

別に死にたいって思ってなくても心が悲鳴を上げている…