【HK10S/伊勢だより/2013/265】◎伊勢だより◎十一月二十四日◎救難碑◎

明治四十四年十一月二十四日未明、鳥羽・相差(おうさつ)の沖は、白く泡立つ大しけでした。
日本海軍の駆逐艦春雨(はるさめ)号は、この名だたる難所で座礁。
四十四名もの乗組員を失う大遭難だったといいます。
しかし、この悲劇をここまででくいとめたのは、相差や安乗(あのり)の村民であり海女(あま)たちでした。
夜の荒海にこぎ出し、決死の救難にあたったのでした。
今日も、相差では春雨殉難碑前広場で、慰霊祭が毎年行われる一方、対岸の安乗の灯台近くには一基の仏舎利塔があり、この悲劇と救難の歴史を後世に伝え続けているのです。
十一月二十四日
http://realtime.search.yahoo.co.jp/search?p=%E4%BC%8A%E5%8B%A2%E3%81%A0%E3%82%88%E3%82%8A&ei=UTF-8
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小雪 (しょうせつ) 11月22日~12月6日
わずかながら雪が降りはじめるころ。
日暮れが一段と早くなります。 五十鈴川に雁の姿が見られ、川の水が日ごとに冷たさを増していきます。 神宮では陛下が収穫された新穀をお供えする「新嘗祭」が古式にのっとり執り行われます。

明治四十四年十一月二十四日未明、鳥羽・相差(おうさつ)の沖は、白く泡立つ大しけでした。
日本海軍の駆逐艦春雨(はるさめ)号は、この名だたる難所で座礁。
四十四名もの乗組員を失う大遭難だったといいます。
しかし、この悲劇をここまででくいとめたのは、相差や安乗(あのり)の村民であり海女(あま)たちでした。
夜の荒海にこぎ出し、決死の救難にあたったのでした。
今日も、相差では春雨殉難碑前広場で、慰霊祭が毎年行われる一方、対岸の安乗の灯台近くには一基の仏舎利塔があり、この悲劇と救難の歴史を後世に伝え続けているのです。
十一月二十四日
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小雪 (しょうせつ) 11月22日~12月6日
わずかながら雪が降りはじめるころ。
日暮れが一段と早くなります。 五十鈴川に雁の姿が見られ、川の水が日ごとに冷たさを増していきます。 神宮では陛下が収穫された新穀をお供えする「新嘗祭」が古式にのっとり執り行われます。