ようやく涼しくなってきて、朝の散歩の時間が少し遅くなっても暑さが苦にならなくなってきた。
そんな中、今朝歩いていたら道を横断しようとしている↓を発見。
かたつむりだと思うけど、小さい。
うちの犬の足と比べると一目瞭然。
どこへ行こうというのか、車にひかれたりしないことを願って先へ進むと
蛙のご臨終体。
生きとし生けるものそれぞれ皆一生懸命生きて死んで行く。
10代の頃作詞した歌詞が突然口をついて出てきて、メロデイも思い出して口ずさんでいた。
♪ 生きるってどんなこと~ 誰か教えて
愛するってどんなこと~ 誰か教えて ♪
今の子なら書かないような臭いべたな歌詞だが、今になってもその答えは出てないなと。
子供が出来ないとき、この先この国に生まれてきても幸せな一生なんか送れないに決まってるからいっそ出来ない方がいいかも、と勝手な言い訳を考えて諦めようとした自分がいたが、確かに今、年間3万人も自殺者がいるし、さらに将来の見通しが明るいとは思えないこの国が良い国だとは思えないので、その点では俺の予見は外れてはいなかったと思う。
しかし、今になって思うのは、人の一生なんてあっという間。(友人が死んでから特にそう思うようになった)
生まれてくるのは自分の意志ではなく、両親が勝手にセックスした結果だけど、一匹の精子が自分の意志でものすごい競争率を勝ち抜いてこの世に生まれ出て来ようとした結果だ。
そういう意味では、自分の意志で生まれてきたと言えるのであって、「誰が生んでくれって頼んだ?」と親をののしる子供がいるが、考え方が間違っているなあと思うし、逆に、親が子供の人生を決め付けるのも不遜だと思うようになった。
そして、生まれ来た赤ちゃんは当然1人では生きていけない。
成長してもそれは変わらない、人は人との関わり合い、つながりでのみ生きていける。
好きな人、嫌いな人、入り混じってのつながりで生きていく。
いまやギャグになっている、武田鉄也の言った「人という漢字は人が支えあって出来てる」という話は間違いではない。
そこが人間以外の動物との大きな違い。(群を作る哺乳類にはそれはあるのかもだけど)
だから、自分は孤立無援の1人だと思ってしまうとどうしようもなくなって自殺を選んでしまうんだろう。(人間以外の哺乳類は自殺はしないけど)
殺し合いをしている国に生きるのはもちろん嫌だけど、殺伐とした或いは無味乾燥な人間関係しかない環境で生きていくのも嫌だ。
何事にもくよくよしててもしょうがない。
あっという間に一生は過ぎる。
ゴールは遠くない。(別に死というゴールを目指して生きてるわけではないけど)
意識がなくなる瞬間、「楽しかった
」と思いたいな。

