5人目の先生には本当に様々な面でお世話になりました。
私がカワイ音楽教室の講師として入社できたのも
前回に書いたこと以外にこの先生との出会いを語らずには成り立たなかったのです。

先生からの勧めに応えることはできなかったけれど、教わったことはたくさんありました。

電車でセンター教室へ通うのは土曜日でした。
高校生になってセンター教室でのレッスンを受けながらメキメキと力を伸ばし演奏グレードの6級に合格して半年後には5級も取得したのです。
この5人目の先生とのレッスンは、ただ楽しいというだけじゃなく、『自分自身、藻掻きながらも楽しかった』というのが正確な表現かもしれません。

[自分でアレンジした楽譜を出してみない?]と声をかけていただきました。
当時カワイではイベント情報なども含め音楽の多岐にわたることが記載された月刊誌が発刊されていたのですが、その中に[今回のアレンジャー]というコーナーがあり(コーナーのタイトルは正確ではないかもしれません)、私が応募した時の課題曲は『チリビリビン』という曲でした。この曲は当時のカワイドリマトーン6級レベルのテキストに載っていました。
当時その楽譜だけを頼りにアレンジしましたが、16歳だった私は三拍子の楽曲にあまり興味がありませんでした。
このアレンジだけじゃなく、テキストの次のページが三拍子の曲というだけで『えぇ〜気乗りしないなぁ』と感じていたのです。

月刊誌のアレンジコーナーには三拍子のまま自分なりに編曲しました。
先生の手助けは一切ナシ(禁止)です。
先生と私はそのルールをちゃんと守りました。
先生が手助けしただろうと思われる楽譜は審査で見破られます。
私は自分で手書きした楽譜をそのまま提出しました。
コンテストやコンクールのように順位が付けられるコーナーではなかったのですが、その月刊誌に顔写真付きで楽譜も掲載されたのです。
嬉しかったな〜
そして審査してくださった先生方から今後のアレンジに対するアドバイスも月刊誌には細かく書いてくださっていました。

カワイの本社は浜松です。
その本社にいらっしゃる先生方からアドバイスをいただける機会をくださったのも5人目のこの先生との出会いがあったからだと感謝しています。

このような体験をさせてもらうことができたから、今の私も手書きで音符を綴ることが楽しいのです。

11/10のブログで[次に向かい合う編曲はまだ決まらない状況。]と書きましたが、その数日後に自分で決めた楽曲でドリマトーンと向き合っています。
まだコード進行も含めイメージ創りをしている段階なので本格的な譜面は起こしていません。
下記が自分なりに編曲をするための初期段階の走り書きです。大体このようなパターンから始めています。



今は音楽だけに没頭できない日々ですが、音楽が好きだからといって音楽だけに固執しているだけでは良い音作りはできない。
このことはプロフィールに記載している[私が思いを馳せている地]で学んだことなのです。

自分が美味しいと思うものを食べたり、素敵だなと思う景色を見たり。
そのような経験や体験が[自分の好きなこと]に対して、より一層の糧となるということを。
創造力を養うために必要だと思います。

自分が大切にしているもの(大好きなこと)から離れる気持ちが皆無なら様々な側面から多方に目を向けなければならないと私は感じているのです。
そのような場所を見たり味わったり(体感)してこそ自分の好きなことを続けることができるのではないでしょうか。

今、私が向き合おうとしている楽曲は映画音楽です。
もちろん『シェルブールの雨傘』の映画は観ました、何度も。


ガソリンスタンドでのラストシーンを観ると今も泣けてきます。

編曲をする際にいちばん心掛けていること。
それは原曲からあまりにもかけ離れた崩しをしないことです。原曲の背景を知ったうえで自分なりの編曲をすることが大切なのだと思っています。
私自身、その原曲を知っていても『何がなんだかわからない』という演奏を講師になってから何度も聴きました。

ドリマトーンという楽器の機能に頼るだけの演奏は、それを演奏する人の力が発揮できていないということになるのです。
楽器が便利になればなるほど、[そのテーマ]が浮き彫りにもなってきました。
ドリマトーンの打ち込み作業も使い方を間違えれば、その演奏は聴衆者へ伝わらないということです。

私はミシェル・ルグランという音楽家の生のステージを見ることはできませんでしたが大好きな音楽家のひとりです。

カワイに勤務していた頃のように欠かさず鍵盤を弾ける状況でないため指もあの頃のように動きませんが自宅には私の宝物ドリマトーンがある。
これが最後の一台なのです。
これだけは何があっても手放しません。