夏休みやらで更新が滞ってしまいました。

 

The Effects of Daily‑Living Risks on Breast Cancer‑Related Lymphedema

Ann Surg Oncol https://doi.org/10.1245/s10434-024-15946-x

 

ショートサマリー

乳癌関連リンパ浮腫で一般的に言われるリスクを低下させる行動におけるエビデンスは限られています。

この研究ではリンパ浮腫における日常生活の影響、パターン、その発生について検討しています。

567例を対象として、リンパ浮腫リスク低減行動チェックリストというものを使って、

11の日常的な行動によるリスクを評価して、そのリスク因子を解析しています。

有意差をもって関連していたのは感染(OR 2.58, 95% CI 1.95–3.42)、

切り傷や擦り傷(OR 2.65、95% CI 1.97–3.56)、

日焼け(OR 1.89、95% CI 1.39–3.56)、

油の飛び散りや蒸気による火傷(OR 2.08、95% CI 1.53–3.83)、

虫刺され(OR 1.59、95% CI 1.18–2.13)でした。

 

日常生活において皮膚の外傷と荷物を運ぶ行動の2つにわけて解析をしました。

皮膚外傷についてはリンパ浮腫と有意に関連しており、

OR 1.714, 95% CI 1.312–2.250; p < 0.001でした。

因子がおければ多いほどそのリスクは高まり、

3,4,5個でそれぞれOR 4.31, 5.14, 6.94と上昇していました。

一方で荷物を運ぶ行為については有意差は見られませんでした。

 

日常生活のリスクを完全に回避することは難しくて、

半数以上の患者さんが5つ以上の日常生活のリスクを経験していました。

感染や皮膚外傷を最小限に抑えるために『どうすべきか』ということを考える必要があります。

 

イントロダクションです。

乳癌の予後はどんどん伸びていっています。

予後が伸びるということは治療後の後遺症が出た場合、それに悩む期間も伸びてしまいます。

リンパ浮腫はやはり患者さん皆さんが気にしている後遺症であり、そのリスク因子についてはよく理解しておく必要があります。

以前から言われているのは、

・手術した側の腕を使わない

・重いものを持たない

・リュックを使わない

・感染に気を付ける

・日焼けをしない

・ささくれを作らない

・油の飛び跳ねや蒸気などによるやけどに気を付ける

このあたりです。

 

正直すべてを強いるのは不可能で、我々としてもどこまで言っていいのかは悩むところです。

ただ、実はこれらの一般的に言われていることはあまりエビデンスに基づいていなかったりします。

 

そこでこの研究となります。

この研究は元々machine learningを使ってリンパ浮腫を見つけ、診断することを目的とした研究の一部となっています。

 

対象は一通りの初期治療を3か月前までに終えていて、

転移や再発、リンパ浮腫関連の疾患を患っていないことです。

2016年から2020年までで570人の患者さんがリクルートされ、

日常生活の報告が不十分だった3人を除いた567人が解析対象となりました。

 

リンパ浮腫に関する11のチェックリストは、

1.感染 2.切り傷・ひっかき傷 3.日焼け 4.油跳ねや蒸気によるやけど

5.虫刺され 6.ペットのひっかき傷 7.ささくれ 8.重いものを持つ

9.ショルダーバックを使う 10.買い物袋を持ち運ぶ 11.筋トレをする

これらが過去3か月に起こったか、また起こった場合はその回数を回答してもらいます。

 

リンパ浮腫の定義は

1.本人の報告で、リンパ浮腫と診断、もしくは治療をされていること

2. カルテ上でリンパ浮腫の診断を受けていること

になります。

 

電子カルテから術式、術後治療、リンパ節に対しての治療、乳癌治療からの期間、

その他年齢や教育環境や雇用状態、経済環境なども拾っています。

 

統計的なところで、日常生活におけるリスクについてはvarimax rotation methodという聞いたことない解析方法が用いられています。

Bartlet’sテストで有意差があり、Kaiser-Meyer-Olkin値が0.72あったためデータの質は十分であるということがわかっているようです。

うーん、よくわからんけどとりあえず問題ないデータであるというアピールです。

私生活の因子系は評価が難しいんでしょうね。

 

最初に挙げた11の因子のうち、解析が行われた結果、感染とささくれの2つの因子が除外されました。

 

患者背景は年齢中央値58.19歳。

59%が結婚、もしくはパートナーあり。

73%が学士号や修士号を持っており大卒以上が多いという群です。

64%が仕事をしています。

8%弱が収入面で問題を抱えていました。

乳癌治療では64%が化学療法、72%が放射線、84%が内分泌療法がされています。

結構ちゃんと治療されているなという印象ですがアメリカの研究です。

割と富裕層を対象としているのかな?日本と似た感じの環境かと思われます。

 

温存術と乳房切除は半々くらい。

59%が郭清しており、88%がセンチネルを行っています。

リンパ節の除去数は中央値で8.63個。(1-40個)

最後の癌治療から平均5.11年経過しており、

24%がリンパ浮腫と診断を受けています。

 

先ほどの日常生活におけるリスクは中央値で5つ経験しており、

半数以上が5つ以上のリスクを経験しています。

 

さて、結果を見てみると有意にリンパ浮腫と関連しているのは、

感染(Chi-square = 38.45,p < 0.001)

切創やひっかき傷 (Chi-square =42.18, p < 0.001)

日焼け (Chi-square = 14.65, p < 0.001)

油跳ねや蒸気によるやけど (Chi-square =17.76, p < 0.001)

虫刺され(Chi-square = 8.84,p = 0.003), 

ショルダーバッグ (Chi-square= 14.79, p < 0.001)でした。

 

これをオッズ比でみてみると、有意差があるのは

感染 (OR 2.58, 95% CI 1.95–3.42), 

切創やひっかき傷 (OR 2.65, 95% CI 1.97–3.56),
日焼け (OR 1.89, 95% CI 1.39–3.56)

油跳ねや蒸気によるやけど (OR 2.08, 95% CI 1.53–3.83),

虫刺され (OR 1.59,95% CI 1.18–2.13), 

ショルダーバッグ (OR 0.55,95% CI 0.41–0.74)でした。

 

ショルダーバッグについてはむしろリスク低減の方ですね。

 

最終的に2つの因子を抽出して解析をしています。

1つ目の因子は皮膚外傷として、切創、ひっかき傷、日焼け、やけど、虫刺され、ペットのひっかきをまとめています。

2つ目の因子は物を運ぶとして、重いものを運ぶ、ショルダーバッグを使う、食料品を運ぶ、筋トレをするをまとめています。

多変量解析を見てみると、有意に関連しているのは

皮膚外傷(OR 1.714, 95% CI 1.312–2.250; p < 0.001)

感染(OR 1.789, 95% CI 1.336–2.420; p < 0.001)

放射線治療(OR 2.052, 95% CI 1.127–3.828; p = 0.021)でした。

一方で、物を運ぶことには有意な関連は見られませんでした。

 

皮膚外傷はリスク因子が1つ増えればリスクが挙がっていきます。

一方で物を運ぶに関してはリスク因子が増えようがリスク状況はありません。

2つの因子がそろうのが最もリスク上昇で3つ以上ではむしろ少なくなっているため、

データに偏りがあるように見えます。

 

Discussionでは、11年間何もリンパ浮腫がなかった人が、日焼けをきっかけに高度のリンパ浮腫を発生した症例報告について書かれていたりしました。

 

そして以下に日々の生活におけるリンパ浮腫のリスクを低下させる提言がまとめられています。

日本語にしましょう。

 

 

患側の手や腕の外傷や傷を防ぐにはどうすれば良いですか?

  • ガーデニングや家事(皿洗い、掃除、料理)をする際には、保護手袋を着用する
  • オーブンから取り出すときには、オーブンミットを着用する
  • 日焼けを防ぐために、日焼け止め(SPF30以上)を塗るか、長袖の服を着用する
  • 虫刺されを防ぐために虫除けスプレーを塗るか、虫除けバンドを着用する
  • ささくれは押し戻して湿らせておくこと。マニキュア用具は消毒すること

日常的なスキンケアは何をすれば良いですか?

  • 肌を清潔で乾燥した状態に保つ(これは保湿の間違いでは…?)
  • すぐ吸収され皮膚を吸収するpHの低いローションを使用する

患側の腕や手に切り傷や引っかき傷がある場合はどうすれば良いですか?

  • 傷口を石鹸と水で洗う
  • 抗生物質含有クリームや軟膏を塗る
  • 必要に応じて清潔で乾いた包帯で覆う(これも湿ったの間違いでは…?)
  • 傷が悪化した場合は、医師に連絡する

蚊や虫に刺された場合はどうすれば良いですか?

  • かゆみがある場合はステロイド軟膏を塗る
  • 赤くなり軽い炎症がある場合は抗生物質含有軟膏を塗る
  • 刺された箇所が悪化した場合は、医師に連絡する

患側の腕や手に変化が見られた場合はどうすれば良いですか?

  • 腕や手の変化を無視しないこと
  • 発疹、水ぶくれ、赤み、腕の熱感や痛みなどの症状が見られた場合は、すぐに医師に連絡すること
ショルダーバッグについてはリスク低下があったのも興味深いです。
ただ、この研究の限界でも書かれていますが、

患者による日常生活リスクの発生報告には思い出しバイアスというものがかかっている可能性が高いです。

例えば、リンパ浮腫を発生した患者さんは、皮膚外傷が起こると、

もともとリンパ浮腫が外傷をきっかけに起こることの知識があるため、

皮膚外傷をしっかりと報告する可能性が高くなります。

ショルダーバッグはその逆(どんな思いだしバイアスなのかははっきりとはわかりませんが)のバイアスがかかっているかもしれません。

 

ただこの研究結果は、それなりに大規模なため貴重なデータになっています。

 

感想としては、大体わかっていたことの再確認という感じでした。

一般的な指導として重いものを持つなという指導がされている施設が多いと思います。

それ自体は、皮膚外傷を防ぐという意味で間違ってはいないのですが、

この研究からはその指導はいたずらに不安を煽ってしまうだけになってしまう可能性があるかなと思います。

自分はいつも

「重いものを持ってはいけないわけではないです。

ただ重いものを手術した側の腕にぶらさげて、それが傷になったりすると、

それが原因でリンパ浮腫を発生する可能性があるので、

そういう意味では重いものを持たない方がいいです。

なので、ちょっと重いものをもってしまっても、不安に思うことはありません」

てな感じで説明しています。

 

とはいえ、大事にして悪いことはないです。

料理するときや外出するときは、できるだけ気を付ける。

ただちょっと気を抜いたからといって、リンパ浮腫を確実に発生するわけではないので、

焦らずに生活を続けましょう。