昨日は、すでに結婚している妹と、実家の母と、川崎大師と浅草へと出掛けました。
母とは途中駅で待ち合わせして、電車で川崎大師へと行き、現地で妹と待ち合わせをしました。
実は、妹は数え年で前厄で、母も川崎大師に行きたいと言っていたので、トントンと話は進み、昨日行く事になったのです。そして、浅草は、母が行きたいと言っていたのと、川崎大師だけではつまらないので、他にどこか行こうか?から、妹は車で来るので、それなら、対して時間は掛からないから浅草へ、となったのです。
待ち合わせは11時。妹は渋滞に巻き込まれたものの、10分位の遅れでやって来て、参拝をしお札を買いました。
そして、母と妹は久寿餅を買い、何となく慌しく川崎大師を後にしました。ちなみに「護摩」までする程信仰心は無いとの事でした。
そして、運転は自分へと変わり、渋滞は首都高速へ乗るまではの短い距離で済み、30分ちょっとで浅草雷門前の駐車場へと着いてしましました。まだお昼には早いので、先に参拝へと浅草寺へ行きました。
実は、自分は川崎大師より浅草寺に来る事に意味を持っていました。何故なら、去年もここを参拝しお札を買った事で、売れなかった前に住んでいた家が売れ、自分の病気の原因が判ったからです。
もちろん、自分も信仰心が有る訳では無く、”験を担ぐ(げんをかつぐ)位の気持ちです。
そこで、参拝をしお札を買いました。
その後、三人で仲見世通りを歩きながら、色々な店を見、母は小銭入れを探していたのに、何故か父親の「甚平」で良いのが見つかったからと買い、自分と母は、何故かタイムサービスをやっていた人形焼きを買い、妹の好みで、天ぷら屋に入り、昼食を摂りました。
その時点でまだ午後1時。帰るには早すぎるし、せっかく東京まで出て来たのでどうしよう?と言う話しをしていたら、妹が「この店の道路の反対側に案内所が有ったよ」との事で、まずはそこへ探索へと行きました。
そこで、色々と置かれているパンフレットを見て、自分は母に「上野でも行く?寛永寺とか」とか話していると、妹から「バスでも乗らない?」と意見を言って来ました。これには驚きました。何故なら、小学生の時から遠足や家族の旅行でも、電車やバスに弱く、所謂車酔いをしていたからです。
そこで持って来たのが「めぐりん」とい台東区循環バスのパンフレットでした。そこには1回乗車は100円・1日乗り放題で300円と載っていました。そこで案内所で切符はどこで売れっているか聞こうとした所、いきなりそこの案内係の人が「めぐりん」についての話しから始めて来ました。ちょっと、こっちがまだ何を聞きたいか言ってないだろう!!と思っていましたが、妹は大人しく聞いていたので、ちょっと待ちましたが、これでは時間が掛かるな、と思った自分はその話を遮り「それがパンフレット見れば判る。聞きたいのは切符売場とバス停」そうすると、切符はバスで販売、バス停はすぐそこで、もうバスは来るとの事。
おいおい、全部話しを聞いていたら乗り過ごすじゃ無いか?と思いながらも、そこはキチンと礼を言ってバス停へ。するとすぐにバスはやって来ました。
これは所謂台東区のコミュニティバスで、たまたまここが観光地なだけで、乗ってみると、観光客よりは普段の移動機関と使われ方をしている様でした。ですので、走る道も大通りよりは一本ちがう狭い道を走っていました。ですので、バスも小型です。しかし、はとバスとか乗るより遥かに楽しく、何となく下町を走るバスにわくわくしていました。しかし、そこはコミュニティバス。きちんと台東区役所を通り、上野駅に着いた時には、自分たち以外は入れ替わった感じの様でした。
さて、自分たちは、上野駅から先、一気に上野の山へとバスは坂道を登り切り、「東京芸術大学」で下車。
ここから徒歩で寛永寺へと向かいました。ここで母に「もう5分位余計に歩くけど良い?」と聞き、寛永寺へ向かうなら左へ曲がる道を曲がらずに真っすぐと歩きました。
そして、着いた所が寛永寺の墓所。そこには「お墓に用に無い方は入らないで下さい」の看板は有るものの、構わず入り込みました。この時点で母はどこに来たのか判った様子でした。まあ、ここまで読んで判った方はすごいです、と、言いたい所ですが、”一応”非公開なので、詳細は省略しますが、着いた所は、江戸幕府5代将軍徳川綱吉の廟の前に有る門。そして、その奥には昨年某テレビ局での主人公であった篤姫の墓所の入り口でも有るのです。しかし、不思議なもので”非公開”な筈なのにピカピカの篤姫の墓所の案内板!!入った時は一人とすれ違った以外誰も居なかったのに、気が付けば後ろは10人位は居たでしょうか?意外とみんな知っているんだ、と感心しながら、少し左へずれて「あの木の奥に墓所が有るんだよ」と母と妹へ説明し、その後は、前なら大きく回り道だったのに、と思いながら、以前(去年浅草寺に行った時の帰り)来た時にはしまっていた門を通り抜けて寛永寺根本中堂へ。ここは15代将軍慶喜が謹慎していた場所。そこで見つけた案内板には、去年無かった篤姫の墓所の案内書きが。これで、人が良く来るのが判明。自分は何度か来て見つけたのに!と、思いながらも、テレビの影響力を見た思いでした。
この後再びバスへ乗り、妹が行きたがっていたかっぱ橋商店街へ。ここは丁度上野駅と浅草との中間地点位。バスは基本的に一筆書きのルートなので、同じ場所を通る所も有ったものの、何度か来ている上野の山の周りを走るバスに、見ていない場所を教えられた気分でした。
そして、かっぱ橋商店街最寄りのバス停で下車。ここでは、妹は、母が欲しがっているサイズのフライパンを物色。しかし、意外と無いもので、結局見つからずじまい。まあ時間的にもあまり見ていられなかったので、全部のお店が見られた訳では無いので、仕方なしかな?しかし、母は強し。業務用のアルミホイルを2本購入。後でゆっくり考えたら、普段買っている8mのアルミホイルで換算したら、何とお買い得!自分も買えば良かった、と思うも後の祭り。再びバスへ乗り、浅草雷門前は戻り、車を止めている駐車場へと戻りました。
帰りの道はスムーズで、ほとんど渋滞なし。いつもならこんなに早く帰れないのに、と思いながらも、途中で夕食のお寿司を買って、実家へと帰りました。実家には、足が痛くて動けない父が居ました。本当は行きたがっていた様ですが、この足では無理と諦めていたので、攻めて夕食は一緒に、との思いで、途中で夕食を取らずに実家へと戻ったのでした。
しかし、大変楽しい1日となりました。母も自分が篤姫のお墓のそばまで行った、と言う話しを羨ましそうな目で見ていた事が有ったのと、浅草に行きたいと言っていたのが、いっぺんに行けたので、自分も含めて良い小旅行となりました。
P・S 母はまだ行きたい所がたくさん有るらしく、今度は銚子電鉄に乗りたいとの事。今度は千葉か?