S少年と知り合った猛暑の夏。



季節は過ぎて秋になった。

ひよこよさんは夕方のおまりーのお散歩を終え、
夕飯の準備に取り掛かろうとしていた時のことである。


玄関のチャイムが鳴った。


インターホン越しに出ると小さく声が聞こえたが、よく聞き取れなかったのでドアを開けてみた。


そこにはS少年が1人立っていた。



『お、S少年やん。
どうした?
また鍵なくてお家入れないん?』

と訊ねると、

『そうじゃなくて…』

とか細い声で答えるS少年。



辿々しく話すS少年の話を整理してみると、


両親はいないけど、今日は鍵を持っている。
学校から帰ったらお風呂に入るように言われているが、怖くて1人でお風呂が入れない。
どうしたらいいか。


ということだった。


『そうか、どうしたらいいか分からなくておばちゃんの所に来たんか。

…そやねぇ。
それならおばちゃんが3つ提案するからS少年が選びいな。


①おばちゃんがS少年の家に行って、お風呂が終わるまで待つ。

②今はお風呂に入らず、ご両親が帰ってきたら入る。

③S少年がお着替えだけ持ってきて、おばちゃんの家のお風呂に入って帰る。


どないする?』


するとS少年が選んだのは③の、ひよこよさんの家のお風呂に入ることであった。



『着替え持ってくる。』
とS少年が一度帰った間にお風呂を沸かし、
『この展開なんやねん』
と思っていたが、自分で提案したことである。


数分後、S少年の手に握られていたのはぱんつ1枚だった。


『何や、ぱんつ1枚だけやん。
パジャマ的なのはないん?』

と問うと、『どこにあるのか分からない』と言う。


ぱんつ1枚で帰すわけにはいかんと、
『返すのはいつでもええから、これを着るんよ。』
と長男のパジャマを渡した。


S少年はいそいそとお風呂に入り、たまに
『おばちゃんいるー?』
と聞いてくる。



『おるよ。誰の家やねん。』
と笑いながら返す。


お風呂に入り、長男のパジャマを着てS少年は帰っていった。




…その翌日の夜のことである。

玄関のチャイムが鳴ったので出てみると、
S少年の母が立っていた。


S少年の母は

『お風呂、ありがとうございます。
Sから聞きました。』

素手で片手に裸桃を1つずつ持っていた桃をひよこよさんに渡してきた





『裸桃の毛が…ちくちく…』

と、初めましてで裸桃を片手ずつ素手で受け取ったのは初めてのことだったので多少動揺したが、
S少年の母は笑顔の優しい人で、ひよこよさんは心から安堵した。


英語でも母国語でもない国に住み、働き、子どもを現地の公立小学校に通わせているなんて頭が上がらない。


『大丈夫やで。
外国で暮らすのは大変でしょう。
またS少年が困ったことがあったら遠慮なくおいでと伝えてくださいね。』

と伝えるとご丁寧にお辞儀をして帰っていった。



良かった、良い人だ。

桃は冷やしておまりーと一緒に食べた。





…さらに秋が深まり、師走に足を突っ込んだ頃。


夕方にドアのチャイムが鳴った。

『はいはい』とドアを開けると、
そこに立っていたのは…




S少年の父だった。




次回、『貸してください』



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