3年前のことである。


真夏の猛暑日、子どもたちが学校から帰ってくる15時頃に子どもの泣き声が聞こえた。


幼児ではない子どもの泣き声が家の中にいても聞こえる。
親は近くにいないのか、もしくは親に叱られ追い出されて泣いているパターンもあり得るだろう。


色々な状況を考え、様子を見に行くかどうか迷っていたら
『たすけて』
とはっきり聞こえた。


もう迷うことはないと、急いで玄関のドアを開けて周囲を見渡す。
するとひよこよさん家の真上のお宅のドアの前で男の子が泣いているのを見つけたので、どうしたのか声をかけた。



小学1年になったばかりのその子はS少年という。
学校から帰ったら両親がおらず、鍵がかかっていて入れなくて泣いていたと。


とりあえず怪我がなくてよかったと安心して、

『暑いからおばちゃんの家で待ったらどうや?
おばちゃんな、このマンションにいる同じ学校のお母さんたちの連絡先知っとるから、
お母さんにS少年がうちにいること連絡したるよ。』

と話をしてみた。


S少年はしゃくりながら手を繋いできた。

『不安やったな。
もう大丈夫やから涼しいとこでお母さん待とうな。』

と声をかけ、
逆文字で『福』と書かれたダイヤ型の赤い紙が貼られているS少年の家のドアをあとにした。


(よく中華料理店にあるこういう感じの)




今は廃止されたが、
当時ひよこよさん家の学区ではPTA管轄の登校班なるものがあり、
令和の時代には珍しく担当地区の親たちの連絡先が配られていた。

なので会ったことも話したこともないS少年の親の連絡先を知っていたのだ。



S少年に親の名前を確認する。
そしてあのドアの逆文字『福』を思い出す。



…100%中国の人だ。


毎度英語が話せないでお馴染みのひよこよさんは一瞬躊躇したが、

『いやS少年も日本語やん。
大丈夫やろ。』

と電話をかけてみた。


するとすぐに男性が電話に出た。
まさかの父である。

勝手に母親に繋がると思っていたひよこよさんは多少動揺したが、
今までの出来事を伝え、戻り次第お迎えに来て欲しい旨を伝えた。


すると、

『あー…』

とだけ返ってきた。



父親日本語片言パターンである。



ひよこよさんは焦った。
通じていない可能性が大である。


しかし英語でも母国語でもない言葉を長々と一気に受け、
『あー…』
とだけ返答することなど、
ひよこよさんにも山ほど経験があるし、
気持ちも痛いほど分かるのだ。



『S少年、家のカギ、ない。
えっと…
Your son 、doesn’t have a keyで、
私の家に、いる。
私の家、あなたの家の下。
同じマンション。
Your son is waitingや。』

と片言には片言で勝負を挑んだ。


するとSの父は

『3時間後、私行く。
18時、仕事終わる。』

とだけ言って電話を切った。


『よかった、通じた』
という思いと
『おや、結構お預けなさいますね』
という思いが交錯したが、通じたのならよい。


脇汗びっしょりの電話を終え、
リビングに戻るとS少年は自分のランドセルからお弁当を取り出して食べていた。

『お弁当温めたるよ。
温かい方が美味しいで。』

とレンジに掛けている間にふと


『…なぜ弁当をランドセルに…?
今日は給食もあったやん。
今日1日ずっとランドセルに入れてたんか?
保冷剤もなくて悪くなっとらん?

そもそもこれは何弁当で、今は何ご飯なん?


と考えていた。

“いつも鍵を持っていて、たまたま今日忘れた”
という状況ならば、お弁当は家の中に置いておくはずだ。

しかし先ほどS少年は
『鍵は2年生になったらもらえるんだ』
と話していた。


つまりは鍵がないことは両親は知っている。
学童で食べる予定の弁当を持たせたのかと思ったら、学童には通ったことがないという。

緊急で両親が出かけたのかとも思ったが、
もし緊急で不在ならば弁当を持たせること自体が不思議である。


結果、謎である。


S少年はお米と目玉焼きとウインナーのみのお弁当を食べた。
ひよこよさんはお弁当箱を洗い、
2人でかき氷を作って食べていたところで公園から我が子たちが帰ってきた。


登校班で顔馴染の人が現れて安心したように遊び出した。


18時どころか19時を回った頃にS少年の父が迎えに来たので、

・学校帰りに泣いていたので保護したこと
・お弁当は温めて食べて、かき氷を一緒に食べたこと
・お弁当箱や水筒は洗って袋に入れてあること
・子どもたちと楽しく遊んだこと

を片言とジェスチャーを交えて伝えた。



父は
『あー…そうですか。』
とだけ言ってS少年を引き取って帰った。





『あー…そうですか』



心のキャパがペットボトルの蓋なひよこよさんはもやもやした。

心の悶々が止まなかったので、
おまりーの腹の匂いを呼吸いっぱいに吸引しまくって心を落ち着かせるしかなかった。


これがS少年家族とひよこよさんの出会いである。


次回、『お風呂に入りたい』をお送りします。



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