ひよこよさんは絶望していた。




テーブルに肘をつき、手で顔を覆い、うなだれていた。

その手には、小さな白いカケラがあった。



歯である。



奥歯が欠けたのだ。

よりによって日本から帰ってきた翌日に。
次回日本へ行く日から一番遠い日に、歯が欠けた。

あと1週間早く欠けてくれていれば。


そう思わずにはいられず、なぜ子どもと一緒に歯科検診を受けなかったのかと自らを呪いに呪った。


元々ひよこよさんは噛む力が強く、夜寝ている間も食いしばっているだろう、と日本の歯科医に言われていた。
なので体質もあるだろうが、歯の消耗が激しいのだそうだ。



「非常に言いづらいお話があります。」


と夫に伝え、以前次男がかかった『あなた次第医院』の予約をした。


今回はロシア語を日本語に訳してくれる通訳さんが同席してくれるという。

なんと。
それは心からありがたい。


万全の態勢で病院へと臨んだ。




待合室で待っていると、

「コニチハー!」

と現れたのはロシア人女性のNであった。


「ワタシ、ツウヤク シマス。
ビョウイン、コワクナイデス。」


笑顔でそう言いながら診察室に案内してくれ、担当の先生に歯が欠けたことを説明してくれた。


「よろしく!
イヴゲニーやで!」


と先生が爽やかに話す。


「ボクハ、イヴゲニー。
ト イッテイマス。」


すかさず通訳が入る。





先生がピンク色のゴム手袋をパチンと鳴らす。

「どうや。
このピンクの手袋、かわええやろ。
キレイなピンクやで!」


「ピンク ノ グローブ カワイイ デス。」


分かるロシア語と通訳合戦である。


「センセイ、コレカラ ハヲ ミマス。
ダイジョウブ。 
ミルダケ。 
コワクナイデス。
ミルダケ。」


妙に『怖くない』を強調しながら、先生が口の中を覗く。

見終わると、先生がNに早口で話し、Nがうなずきながら、

「ヒヨコヨサン、コレハ…ハガ カケテ イマス。
オドロカナイデ。

イマカラ レントゲンヲ トッテミマス。」


驚かないでて…と思っていると、
さらに先生が早口で畳み掛ける。


「センセイハ、 コウ イッテイマス。
モシ ソノハガ ムシバ ダッタラ…、
ワタシハ チリョウ デキナイ。
ホカノ センセイ ニ タノム、ト…。」



虫歯が治療出来ない歯科医だと…!?


あまりのことに驚き、何故かと問うと、


「センモンガイ デス。」


と返ってきた。


虫歯が専門外。


「よろしくやで!」
と爽やかに言われたが到底よろしく出来そうにない。


「サァ、レントゲン ヲ トリマショウ。」



丸められたピンクの手袋を机に残し、レンドゲンを撮る旅が始まった…。





少し続くので、よろしくおねしゃす。


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先生曰く、元々夜に食いしばりやすい体質+この海外生活で自分では気づかない緊張がさらなる夜の食いしばりとなって現れたとのことで…。
で、大分前に歯は割れ始めていたものの、奥の奥は磨ききれないから虫歯になったと…。

歯科検診は大事ですな…。

これからもよろしくおねしゃす。**