私は、リードに応える事こそ、
全てだと、思ってきた。
デモで先生が、たとえ、
振り付けを間違えたとしても、
それに、さらりとついていける女子が、
いけてる女子だと、思ってきた。
でも、時代?流行り?先生の好み?
どーも、リードは、あれば、ラッキー?
くらいのもの?
出来る女子は、自立している。
まず、ラテンで言われたのは、
私は、指示待ち女子。
待ってる間、スイッチが、切れてる。
あえて、リードは、しないから、
自分で、どんどん踊ってみて。
と、言われた。
リードを待っているから、
音に遅れてる。
でぇー、自分の思いどうりに、
勝手自由に、動いてみる。
先生は、最低限のリードに、とどめる。
で、その後、先生も、リードを強める。
なるほどー、
これが、お互いの力を使い合うって
事かあー。
今までは、先生に、ぶら下がってただけかあー。
まぁー、それも、魔法をかけられるみたいで、
楽しかったけど、
それでは、今よりのものは、
得られないって事かあー。
ボールルームは、
サークルに行きだして、
シャドーも、苦手だけど、
何とかしだした。
習いはじめた頃は、
崩れるから、サークルとかには、
行かない方が良いと、言われたし、
実際、シャドーをすると、
先生と、ギクシャクした踊りになった。
お互い、しっかりしないと、
サークルでは踊れない。
意外と、アウトサイドチェンジなども、
自分で、動かないと、成立しない。
これは、考えた事もなく、
先生と、踊る時は、
着いていけは、簡単なステップだと、
思ってきた。
でー、サークルの後、
先生と、踊るとどうなるのか、不安だった。
それがあー、涙がでるほど、
先生のリードがありかたい。
なんてわかりやすいんだろう。
砂漠で、水をくれる人に出逢った感じ。
凄い、凄いなあー。
私は、いつも身近にありすぎて、
当たり前だと、思ってた。
人って、怖いわ。
慣れると、当たり前。
なんなら、ちょっと足りないと、
えっーてなる。
先生が、ぼそっと、本当に、上手な先生
とばかり、踊ってきたんですねー。
と、言われた事があって。
その言葉の意味が、今わかった。
はい、水飲み場まで。連れて行ってもらって、
さらに、水を飲ませてもらってきたんですね。
リードは、与えられるものじゃない。
共にあるもの。
それがわかったうえでの、
先生からのリードには、感謝の気持ちがわく。
だから、踊れる事が、
凄く、有り難くなって、
優しい嬉しい気持ちになった。
気持ちって大事だなあー。
私は、いつも、自分や、いろんな事に、
不満を感じてたから。
なんだか、自己満足で、
めっちゃ調子良く踊れたわあー。
で、終わったレッスン。
実際、どうだったんだろう?
そんだけ、生徒に、上機嫌で、
踊られたら、先生も、何にも言えない
感じだったけどー。
あはは🤣