いつだったか、演技のワークショップに参加したことがある。
人前に立つことが何より苦手なわたしにとっては地獄のような時間であった。
難なく課題をクリアする参加者たちを目の当たりにして
自分と自分ではない者との違いをはっきりと認識したものである。
今思えば、大人になってそのような気持ちになることも中々ないので
あれはあれで良い経験だった…のかもしれない。
さて、この「チョコレートコスモス」は
『他者の存在を通して自分自身を知る/知ろうとする』物語であった。
主人公はふたりの役者。
ひとりは、芸能一家に生まれ実力派女優として注目を集める東響子。
ひとりは、演技経験の無い大学1年生の少女、佐々木飛鳥。
生まれも育ちも異なるふたりだが、飛鳥が類まれなる演技の才能の持ち主であったことから
とあるオーディションの開催をきっかけに出会ってしまう、という話。
“なぜ演じるのか”、“どうなりたいのか”
それぞれ生きてきた世界は違えど、自分自身と真摯に向き合う姿が印象に残っている。
そしてその姿は、読者に対して「さて、あなたは?」と語りかけてくるようでもあった。
と、色々考えるのも楽しいが、わたしがこの物語に夢中になった何より大きな理由は
恩田陸先生の描く“天才”が大好きだから。
恩田先生と言えば、天才ピアニストを描いた「蜜蜂と遠雷」が
映画化されたことでも有名で、こちらも非常に魅力的な作品であった。
わたしには音楽にも演劇にも知識はない。
それなのに何故かピアノの音色が聴こえるし、劇を鑑賞している気持ちになるし、そして
ふと気付けば、作品内に登場するクラシック音楽や戯曲について調べてしまっている。
目にしているのは“文字の羅列”なのに、その世界に引きずり込まれてしまっているのである。
(当の先生は、「天才を描くのは難しい」と述べているのだが。)
「あとがき」によると、「チョコレートコスモス」は実は3部作の1作目らしい。
2作目、3作目のタイトルもここで確認できるのだが、本として発行はされていないようだ。
続きが待ち遠しい。