夫 「そろそろ子作りのこと、 考えようか？」
夫さんの口から そんな言葉が出てから 半年ほど経ったある日、
私は 体のちょっとした異変を 感じ始めていた。
お腹が空かないのだ。
正確に言うと、 お腹が空くまでに やたらと時間がかかる。
そして いざ食べ始めると、 なんだか 美味しくない気がして ならない。
私 「ゴールデンウィークに 食べ過ぎたっけ？ 胃の調子が 悪いみたい」
夫 「最近 食が進まないみたいだね。 食べたくないなら 無理しないほうがいいよ」
胃の調子が悪い。
そう考えていたものの、 胃腸薬には 手を伸ばさずにいた。
次の生理が来るまでは 薬を飲まないほうがいいような気がしたのだ。
毎朝計る 基礎体温、 通常なら
低温期 → 排卵 → 高温期（２週間くらい） → 生理 → 低温期 → …
…と 一定の期間で繰り返されるサイクルが
高温期のまま もう ２週間以上過ぎていた。
つまり、 生理が遅れていたのだ。
遅れることはよくあっても、 低温期が続くだけのこと。
排卵後の 高温期が続きっぱなしで 生理が遅れているのは、
妊娠の可能性を 意味することになる。
私は、 夫さんに このことを言い出せずにいた。
夫 「子供が出来る前にさ、 近場でいいから もう一回くらい 海外に行きたいね。
僕のパスポート、 まだ一回しか使ってないんだ」
生まれてはじめての 海外旅行が 新婚旅行だった 夫さんは
異文化に触れたことが 新鮮で 興味深かったらしく、
折に触れては 『海外に行ってみたい』 と口に出していた。
だけど 子供が出来てからでは 今までのように 気軽に旅行へは行きづらくなる。
それが 海外となったら なおさらだ。
私の妊娠によって、 それが 数年間 先延ばしになる。
そのときの私は、 そのことが ものすごく 申し訳ない事のような気がしたのだ。
それでも、 日に日に 体は けだるくなる。
空腹で食事を始めても、 すぐに満腹になって 食べたくなくなくなる。
油っぽいものを食べると いつまでも胃に残って 気分が悪くなる。
どんどん どんどん、 妊娠しているような気になって 仕方がなかった。
基礎体温を記入している表には、 このような前書きがあった。
≪妊娠の早期発見が出来ます。≫
妊娠すると 黄体ホルモンの分泌が続きますので 高温期が持続します。
高温期が ２１日以上続いて、 月経がなければ 妊娠といえます。
月経が遅れていても、 低温期がいつもより長びいていた場合、
それだけ 排卵が遅れていると言うことで、 妊娠ではありません。
…私の高温期は とうとう ２１日目になった。
今日は やけに食欲が出ない。
いつもなら、 満腹でも笑顔で食べる 大好きなプリン。
夫さんが用意してくれた そのプリンも ちっとも美味しく感じなく、
むしろ 不味いとすら感じて 半分くらい 残してしまった。
夫 「…大丈夫？ 最近 調子悪いみたいだけど」
食いしん坊の私が 大好物のプリンを残すのを見て、
さすがの夫さんも 何か ただ事ではないと思ったらしい。
食事の後片付けを代わってくれ、 たいそう心配そうな顔で
私の様子をうかがっていた。
私 「大丈夫だよ。 ちょっと 食べたくないだけで、 熱もないし」
後片付けが終わり、 一緒にテレビを観ていた夫さんは、
日ごろの疲れが溜まっていたのか そのうちに うたた寝をはじめてしまった。
夫さんの寝顔を眺めながら、 私は ある決意をした。
今のうちに、 試してみよう。
そっとリビングを出た私は お手洗いの隣にある収納から あるものを取り出した。
妊娠検査薬だ。
うじうじ考えていても仕方がない。
とりあえず、 検査薬で 妊娠しているかどうか 確認してみよう。
妊娠していなかったら ただの体調不良で済んで、 今までどおり暮らしていくだけだ。
でも、 もしも 妊娠していたら？
結婚しているんだ、 妊娠して 当たり前じゃないか。
堕ろしたりする必要なんて どこにもない。 産めばいいんだ。
夫さんは 何ていうと思う？
喜んでくれるかな？
海外にいけなくなって、 ガッカリするかしら？
そのときは そのときだ。 とにかく、 検査をしてみないと。
右手に 検査薬の箱を しっかりと握り締めて
いつになく 緊張して お手洗いに入った。
検査薬の結果が出るまで、
残り あと ３分。
…つづく