こんにちは日置です。
昨年10月ごろ、コロナに疾患しました。
と言っても、無症状だったので、元気に自宅隔離笑
うちは狭い賃貸マンションなので、仕方なく夫の部屋件物置に5日間隔離。
暇・・・。子供にも夫にもドア越しにしか会えません。
当時は教員をしていたので、仕事も休みになり、暇です。
でまあ暇だからこの物置部屋を片付けるか・・・。と片づけ始めました。
そこで出てきたのは、私の幼稚園、小学校、中学校高校の卒業アルバム。
「いらん・・・!」
と即効で思いました。むしろなんでとってあったんだろう。
一応パラパラと中を見ましたが、「あーこんな子がいたなあ」「この先生だったな」
「・・・へー・・・」
終了。
やっぱりいらねえ。
よく考えたら、証明写真がずらーっと並んでるだけで、面白みは一切ない。
親友との写真は、一緒に遊ぶに行ったときに写真を撮っているので、
この学校が一緒だった、というだけの友達の写真って全然いらないわ…ってなりました。
先生も印象的で仲良くしていただいた方は個別で写真を撮ってるし、なにより心にたくさん思い出として残ってます。
そしてでかい、重い、かさばる。
いらん。
しかしここで気が付いたのは、
昨年からあれだけ物を捨てたくせになぜ卒業アルバムだけとってあったのか、です。
そこで暇なのでしばらく考えていると、ふと頭にこんな言葉が浮かびました。
“学生生活の卒業アルバムを捨てるなんて、
まるで学生生活が楽しくなかったかわいそうな人みたい”
という言葉でした。
自分でもびっくり。てか心の声、だれ!?
別に学生生活がつらかったわけではないし、
そこそこ勉強もでき、オタクで漫画とアニメばかり見てましたがいじめられることもなく、
友人もいたし、第一希望の美術科高校に進学してそれなりに楽しく過ごしていたからです。
いや学生生活それなりに楽しかったし、意味の分からん心の声は無視して・・・と思って矢先、また頭に浮かんだ言葉は
“じゃあまた学生生活に戻りたい?”
でした。これには即答で
“いや絶対戻りたくない”
と思ってしまいました笑
戻りたくないんかい笑
よくよく考えると子供時代や学生生活って、楽しさもあるけど、
自分で決められないもどかしさや、カリキュラムに従わねばならない窮屈さ、
コミュニケーションが未熟な同士のちょっとしたいさかいなんかがめちゃくちょ多いですよね。
クラスメイトに対する勉強や外見のあこがれやコンプレックスとか。
親との関係とか。
改めて思い返すと、特に大きな事件はないけど、大学は別として、
18歳まで結構なストレスを学校生活で抱えていたかもしれません。
もちろん特別なことではなく、周りのみんなもそうだったかもしれません。
ただ、「学生生活はストレス多くてしんどかった・・・」って結論づけちゃうと、
過去の自分がかわいそう、ってなっちゃうんですよね。
みんなが楽しんでた学生生活を楽しめないなんて、
なんてダメ人間・・・ってまた自分でレッテル張っちゃうのが怖かったんですよね。
卒業アルバムを捨てる奴なんて、
学生生活が楽しくなかった人なんだ、
そんなかわいそうな奴に私はなりたくなかったのかもしれません。
捨てなきゃそんな確認作業いりませんしね。
気が付いてしまった・・・。
思えば教員時代も、生徒が「学校しんどい」というのには共感できましたが、
「学校楽しい!」っていう生徒には純粋に「すげー!」って尊敬してました。
どんな教員やねん。
いろいろ考えて、卒業アルバムは全部捨てました。
これ持ってても別に幸せにはならない。
その際、
「学生生活100パーセント楽しめなかったのだよ。
卒業アルバムを楽しく見返せない陰キャなんだよ君は!」
と、頭の中にムスカ大佐みたいな人物を召喚し、
一回ネガティブな自分をしっかり受け止めて落ち込んであげました。
一回しっかり落ち込んでネガティブを認めて
あげると、
でも楽しいこともあったし、なにより今めっちゃ幸せだし、良かったね
と自分に言ってあげることができます。
皆さんも卒業アルバム、まだとってありますか?
捨てるなんてとんでもない!たまに見返して楽しんでるわ。
って方はもちろん大事にとっておいてください。
私のようにアルバムを開いて何も感じなかったり、複雑な思いが渦巻くなら捨て時かもしれません。
別にそれ持ってても、幸せになりませんからね
捨てる際は、しっかり自分と向き合って、
ネガティブ感情があるなら全部吐き出してあげてくださいね。
捨てると新しい自分が待ってるかもしれません。
※ちなみにこれは学生時代大好きだった藤原竜也の切り抜きです。
今でも好きだけど捨てました。
それでは