多くの人が、記憶の中の青春にマドンナを残してきただろう。
私にはいないのだけど。
ただ憧れならあった。
八角、スターアニスとも呼ばれるそれ。
名前通り角が八つあって八角。
つまみ細工のような上品さもあり、お洒落な見た目をしている。
10代の頃に集めていたお菓子のテキストに、パンデピスの材料として載っていたのが出会いだった。
パンデピスとは、香辛料がたっぷり使われたパウンド型のパンのことだ。
そのどっしりした見た目と異国の香りに憧憬したが、当時は香辛料を集める手間と、買ったとてどうやって使い切るかの問題が勝り諦めた。
いつか使ってみたいという想いを心の奥に追いやってしばらくが経つ。
少しばかり料理を作るようになった現在(レシピの言いなりなのはご愛嬌)。
たまたま出会った中華煮のレシピに八角が載っていた。
あの日の記憶がフラッシュバック。
よし、買いに行こう。
野菜や豚肉を炒めた後に、調味料と共に八角を2個入れると書いてある。2個。
ただパッケージには、そのままだと香りが強いので小さく割って入れろ、と書かれている。
憧れの八角を疑うこともなく、私は2個入れる方を選んだ。
香りが漂い始める。
嗅ぎ慣れない香り。絶対食欲が湧かないだろう漢方の匂い。
これ大丈夫なやつかな。大丈夫なやつだよね。
自問自答を繰り返しながら不安感だけが大きくなっていく。
火が通り完成した。
相変わらず不穏な匂いは消えない。
味さえ大丈夫ならそれでいい。
口に運ぶ。
肉を噛み締めた瞬間に漢方のなんとも言えない不味さが広がった。
思い出すのはういろう売り。
“薫風喉より来たり、口中微涼を生ずるが如し”
そのくらい秘薬だった。
からだに良さそうは良さそうだけども。
私よりも珍味やスパイスに耐性のある姉に食べさせても、リアクションに変わりがない。
きっと高嶺の花への憧れもこういう感じで終わるんだろう。
本人の中身なんて全然知らずに気になって、その割に知った気になって、勝手に失望して、青春の一頁は閉じられてしまう。
残りの人生でお前と会うことは無いだろうよ、八角。