当時、主題歌だった星野源の『フィルム』のMVをよく観ていた。(今改めて調べると、MVもこの監督が作ったらしい。)
口の中で呟くような静かでゆったりした曲に、街中に溢れかえる緊張感のないゾンビの映像が乗っかって、可笑しかった。
ただの日常の中に、出だしから〈笑顔のようで色々あるなこの世は〉など、批判的な眼も向けつつも不完全な世界を楽しむ星野源のスパイスが効いている。
本編もどこか緊張感がない。優柔不断で周りのスタッフに流される映画監督(小栗旬)が、東京に帰ろうと電車を待つシーン。
本人にとっては逃げ出したくて必死なんだろうけど、追ってきたスタッフに捕まる画はコミカル。
きっと本人の必死さなんて、別の人間への笑いにしかならないのだろう。
連れ戻される監督をよそに、しれっと電車に乗り込み東京に帰るスタッフがいるのもクスッとくる。(何とも言えない表情で帰っていくのがお気に入り。)
ストーリーや登場人物のゆるさの中に、ちょくちょくガス抜きのようなゆるい笑いが挟まって退屈しない。
また視聴者が敢えてツッコむだろうスポットを作って、後の場面で登場させたり解消させるのが上手いなと思った。
例えば、味付け海苔を食べながら将棋を行うシーン。
手を洗ってから触らないとベタベタになるよと、視聴者皆が心の中でツッコんだ事だろう。
後日木こり(役所広司)の息子が、将棋の駒がベタベタしているのを不審がるシーンが入っていて、視聴者ながらに息子よりもこの世界の事を知っているのだと優越感を感じる。
もうワンシーン。
木こりが監督に、殆ど丸太のようなヒノキで作った立派な椅子をあげる。持ち運ぶのが大変そうだなと視聴者が心の中で呟く。
現に置いてある椅子を運ぶのを諦め、スタッフに呼ばれて駆けていく監督。
(次作は何を撮っているのか気になる…ジョーズのような?)
序盤は本当に自信が無くて自分の作りたいものが分からなかった監督。
しかし木こりに自作の脚本をべた褒めしてもらい、無骨ながらに助けてくれる姿を見て、変わっていく監督。
きっと人はほんの少しの自信や支持者がついてくれると変われるのだ。
追記
沖田監督の『南極料理人』を昔に観たことがあるが、南極隊員が最後に電話交換手に告白するシーンしか覚えていない。
起承転結がハッキリしている映画ではないのに、それでもワンシーンをいち視聴者の記憶に焼き付けているのはすごい才能だと思った。