参考書や勉強法の紹介とは別に、英文法の真相についても時々語ります。学校や塾で強制されてきた「丸暗記」、ひいては「間違った英文法」をここで刷新しましょう。「真相を知れば英文法は楽しい!簡単!」をモットーにやっていきます。想定としては、高一の生徒に英語の楽しさを感じてもらうための4月の授業、といったところです。
最初は助動詞についてです。
数回に分けて以下のことを書いていきます。
・助動詞の成り立ち
・「助動詞」と「To助動詞」の違い
・「後ろは原型」「助動詞2つを重ねない」の理由
・唯一、助動詞haveだけ上記の原則を破ってもよい理由、などなど
※適当に箇条書きにしただけです。書ききれません。
①must・may・canの真相
もしあなたが助動詞を全く知らずに英語圏に行ったとします。
そこであなたは疲れ切った人に、一杯の水を恵んでくれるよう頼まれました。
Drink it. 飲め。
これではものすごく横柄です。そのまま身ぐるみを盗られても文句は言えません。
You drink it. : あなたはこれを飲む。
これでもやはり横柄です。この言い方は、ネイティブには命令形のように聞こえるそうです。
では現実のあなたはどう言いますか?
You can drink it. : 飲んでいいよ。
ですよね。
つまり英語で最も大切な助動詞の1つが「許可」を表す助動詞なのです。
歴史をたどってみましょう。
かつて古英語の世界には、「許可」を表す助動詞に”motan”というものがありました。
You motan drink it. : 飲んでもいいですよ。
ものすごく丁寧な言い方です。しかし使えば使うほど、これはあらゆる言語に言えることですが、ありがたみが失われます。彼女や奥さんに会うたびに「愛してるよ」と言ってると、だんだん薄っぺらくなるのと一緒です(それでも月に一回程度は言った方がいいと思います)。あるいはかつて厠を上品に言った言葉として登場した「便所」が今では「トイレ」→「お手洗い」→「化粧室」と言い換えなければならないのと同じです。
You motan drink it.= You drink it. : 飲め。
こんな感じです。つまり使用頻度が高まるにつれて"motan"が薄らいでゆき、you drink itだけ残ってしまい、実質的に命令形になってしまうのです。
ではどうしましょう?
ここで必殺技です。英語の助動詞には、丁寧さを復活させる手段として「過去形」があります(過去を表すことで距離感がうまれ、これが丁寧さに繋がります)。そしてこのmotanの過去形こそ、"must"なのです。つまり登場時の"must"は、「許可」を表す今よりもずっと丁寧な助動詞だったのです。しかしもうおわかりのように、使用頻度が上がるにつれて薄っぺらくなり、今では「義務」を表す押しの強い助動詞になりました。
You must drink it.≒You drink it.
つまりmustは今では「命令」を表すようになったのです。こう考えると、must beがなぜ「違いない」になるかもわかりますね?
He must be crazy.≒He is crazy.
ほとんど確定事項のように言っているのです。ただし訳す時は「〜である。」で終わるのではなく、助動詞の特徴である「主観」のニュアンスが出るよう「〜であるに違いない」としましょう。
話を戻します。もう"must"で許可を表すことはできません。さらに過去形の裏技も使えません(だってmustはそもそも過去形ですからね。「過去に命令することは無理だから」なんて教わったことがあるかもしれませんが、それは間違いです)。
ではどうやって許可を表しましょう?このままでは身ぐるみを剥がされます。
こんな緊急事態に召集されたのが"may"です。もともとは可能を表していたそうですが、「許可株式会社」から「どうしても後継者が必要なんだ。今の仕事を辞めてこっち来てくれ」という熱烈なアプローチを受け、「許可」に電撃移籍をしました。
you may drink it. : 飲んでもいいですよ。
文法書を見ればわかるように、”may”は今でも許可を表します。ということでこれで一件落着です。ありがとうございした。
とはなりません。確かにmayは許可を表しますが、「〜してもいい」というよりは「〜してよろしい」のように、「上からの許可」のニュアンスがあります。当然です。mayが登場してもうかなり経ちますから、彼からも丁寧さはとうに失われています(mustほどではないですが)。だから今では日常会話でこのような言い方はしません。あるとすれば公文書や立て看板といった権威的なもので、例えば"You may smoke here."とすれば「ここでタバコを吸ってよろしい」になります。
では本当に全然使わなくなったのかというと、そういうわけではありません。失礼な表現でも、対象が自分なら、使えます。
May i use it? : 使ってもよろしいですか?
こうするとものすごく謙虚な言い方になります。つまり、元がきつい意味の助動詞は、疑問形にして対象を自分にすれば、このようにすごく丁寧になるのです。これはshallにも言えますから、いずれもう一度触れますね。
またこれによってmayが帯びた中立性(「吸っても吸わなくてもどっちでもよい」)は、「推測(~かもしれない)」にも繋がります。
He may be Taro. : 彼は太郎かもしれない(50%の確率でね)。
このように多くの場合、肯定文のmayは「推測」を表します。「許可」は失礼ですからね。
しかし反対に、疑問文のmayは推測を表しません。
May he be a Taro? : 彼は太郎かもしれませんか?
これ、意味不明な質問だって気づきますか?これだと、yesでもnoでもいずれにせよ太郎である確率は50%になります。日本語だったらこれでもよい感じはしますが、英語は極めて厳密で論理的な言語なので、このような「不合理」「矛盾」は許されないのです。
【まとめ】
疑問文のmay→100%「許可(〜してよろしい)」
肯定文のmay→90%「推測(〜かもしれない)」、10%「許可」
※過去形のmightであれば、疑問形でも推測を表すことは稀にあります。mayが50%に対し、丁寧版のmightは30%程度であり、論理的矛盾が起きないからです。が、これは入試には出ないから忘れましょう。
話を戻します。結局、次の許可は誰に頼みましょう?
そうです。やっとここでcanの登場です。もちろん彼は本来は可能を表しますが、それでもいいのです。だって可能から許可への移籍はすでに前例がありますからね。
You can drink it. : 水飲んでいいよ。
ちなみに"Can I~?"は"May I~?"と同じような意味を持ちますが、こちらの方がフレンドリーなニュアンスです。
丁寧さで比較すると、
You can smoke. > You may smoke.
May I smoke? > Can I smoke?
となります。
ここまでです。次回は「未来」を表す助動詞について扱います。