がんサバイバーの宿命といいますか…

やはり「死」というものを考える時間が多いと思います。


あれは解剖学者の養老孟司先生の言葉でしたが、

自分の死というのは生きてるうちに

自分では認識できない、

だからとりたてて怖がる必要もない、と。  


は?

と思いましたが


なるほど

それはそうですよね、自分が自分の死の経験談を語る事は不可能です。自分の死というのは、それはあくまでも他人が認識するものであって自分とはある意味無関係の出来事なんだと。


自分で自分の死に涙する事もないですし、泣くのはやはり他人な訳で。

しかもそこらの通行人の誰かが死んだところで自分は悲しくも何ともない訳で、その死が悲しいのはその通行人本人でもなく、やはりその周囲の人間のみな訳で。


だから究極、死というのは親しい周囲の人が感じる問題であって本人には無関係の事柄なんだ、と。

そう捉えるとちょっと死に対するイメージが変わりました。


確かに自分自身は正直あまり死ぬ事に抵抗ないのかも知れません、少なくとも今は。

抵抗あるのはその事によって周囲の人間、友人を悲しませ、結果的に家族に心の傷を負わせてしまう可能性なんかを気にしているような気がします。


逆に言えば最悪の事態に備えて自分がやれる事があるとすれば、家族や友人へのそういった心のケアな訳だ。


自分が死んでも……




気にするな、よくある事だ😁


みたいな?💧



うーん🤔