花の香りが甘やかに漂う春暖の候、皆様如何お過ごしでしょうか。

さてわたくしは、自宅待機中の気晴らしにと映画を鑑賞して参りました。

北欧の美しい自然溢れる村が舞台で、可愛らしい民族衣装を着て行われる5月祭に参加した若者たちの苦悩を描いた美しい恋愛映画でございました。

ぐ、ぐろかった…。

 

ミッドサマーのネタバレを含みますのでご注意ください。

 

先日YouTubeで偶然見かけて、わあ、お花いっぱい!洗剤のCMみたい!素敵!

…でもホラーってどういう事???と見ようかどうかとても迷っておりました。

結局、家に居ても鬱々としてしまうだけですから、せっかくだし見る事に決めました。

ちょっとRadioheadのBurn The WichのMVみたいな世界観で、見たらもっと鬱になりました。

 

そういったわけで、辺鄙な場所にある映画館にあさいちで行って参りました。

こんなちょっとあれな映画を早い時間から見る人なんてそんなにいないでしょう!

と思ったら本当に私含めて5人しかおりませんでした。

 

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序盤でのアメリカでのシーン、クリスチャンの「こいつめんどくさいけど冷たくしたらもっと面倒だからとりあえず優しくしとこ」みたいな接し方に心が痛くなりました。

デニーもそれをわかって、迷惑かけないようにしなきゃ!と我慢しているところが悲しかったです…。

 

 

スウェーデンに着いた所で皆でお薬をきめはじめて、え、それってそんなちょっと一服♪みたいなノリの文化なの?アメリカやスウェーデンではそれが普通なの?私が若者文化を知らないだけ???とまごつきました。

 

 

それからホルガ村へ移動。

すごくフジロックやってそうな草原!

村の入り口の黄色い門は三角形で、恐らくグングニルを象徴しているのかなと。生贄の9人が燃やされたのも黄色い三角形の小屋でしたよね。

グングニルは北欧神話に出てくるオーディンという神の持つ武器です。

オーディンはルーン文字の秘密を解明しようとして木で首を吊り、グングニルで突き刺されたまま、9日間自分に自分を捧げたそうです。

グングニルの穂先にはルーン文字が刻まれておりました。

この映画では黄色は太陽や生の象徴、青は月や死の象徴として描かれております。そういえばスウェーデンの国旗も青と黄色ですよね🇸🇪

 

ミッドソッマーダーゲン(夏至祭)の開会式(?)はスウェーデン語と、デニー達が居たから英語でもしてくれて、英語圏の国は強いなあと大変羨ましくなりました。来たのが日本人だったらこうはいかない。

 

 

一晩明けてから、朝食。身体に優しそうなメニューだけど、絶対量少ないと思う。

このテーブルもルーン文字オセル(先祖代々の習慣、土地の文化)の形になっております。

暫くして鐘が鳴らされ、おじいさんとおばあさんは椅子に座ったまま運ばれてゆきます。

ここからアッテストゥパンの儀式。

石盤にはラド(導き、発展)、ギューフ(贈り物)、ティール(勇気、正義、自己犠牲)、二イド(忍耐、欠乏)、ぺオース(ギャンブル、神の手)、エオローの逆位置(喪失、危機)。

生贄を捧げますのでこの村を発展へと導いてくださいみたいな意味かな?

 

手のひらを切ったり崖から飛び降りて石に叩きつけられたり頭をハンマーで潰されたりと、後に出てくるブッラドイーグル(処刑方法)やスキンザフール(処刑方法)より現実的なだけに、アッテストゥパンの方がぐろく感じました…。見るの辛かった…。

おじいさんが死にきれなかったとき、村人達がああああ〜〜と嘆き始めて、最初、死に切れないと不吉だとかそういう設定があって、それを嘆いているのかな…?と思っていたのですが、おじいさんの苦しみを村人全員で共有していたのだなあと映画終盤でやっと気付きました。

何の説明もなくこんなの見せられたデニー達かわいそう…。  

 

 

夜にデニーがジョシュに「睡眠薬持ってない?」と聞いていて、普通に持っていて、だから何でそんな普通に出てくるの?アメリカでは眠剤は風邪薬みたいな扱いなの???と思いました。

 

朝になって、コニーは「サイモンがいない、私を置いて帰ってしまったんだ」と言い、「トラックは2人乗りだから、置いて行ったわけじゃない、必ず迎えにくるから」となだめられていました。このとき既にサイモンはブラッドイーグルの刑になっていたのだろうなあ。

コニーはその後水の神の生贄にさせられたそうです。

ところでデニー達が外に出る度に、必ず何かしらの謎の儀式(?)をしている村人がいて恐ろしかったです。

 

 

終盤でのダンスのシーン、デニーの服はラドの逆位置(不和、妄想、死)とダガズ(重要なルーチンワーク)が刺繍されておりました。デニーがメイクイーンになったのはまるで仕組まれていた事のようですね。

メイクイーンになった時の花冠は呼吸しているように見えるし、デニーの両親は出てくるし、食卓の食べ物はゆらゆしているし、トリップするとこういう幻覚が見えるのだろうか。

 

デニーが祝福の儀式をしているうちに、クリスチャンは少女の撒く花の道を辿り黒い小屋へ。クリスチャンが着せられた服にはルーン文字のエオローの逆位置(危機、裏切り)とティール(男性性)が刺繍されておりました。(うろ覚えですので違ったらごめんなさい)

 

ミッドソマーダーゲンは9日間あって、映画では4日目までで終わっているけど、あと5日は何をするのかしら。

 

 

賛否両論あるけれど、私はこの村がとても魅力的だなあと思いました。

服装と周辺環境のお洒落さは大前提として、

自分の感情を皆が共有してくれるのはすごく羨ましいと思ったのです。

本当に辛い時にして欲しいのは解決策の提示でも金銭的援助でもなくて、ただ「辛かったね」という同意だけなのです。

でもホルガ村は多様性を認めてくれなさそうだから左利きで彼女持ちの私は仲間には入れてもらえないかもしれません。

 

様々な解釈がある、デニーが最後に微笑んだ理由。

家族をなくしてクリスチャンに頼るしかなくて、でもホルガ村の人たちは自分の気持ちを共有してくれて自分の居場所ができた、という安心感や、もうクリスチャンに依存しなくていいんだという開放感なんじゃないかなあと思いました。

でもホルガ村の人だったらここは悲しまないといけないシーンですから、デニーはやっぱりここでもラドの逆位置なのかもしれませんね。