福島第一原発事故の教訓は、生かされず再び原発事故が起きる…
【泉田新潟県知事が激白! 「東電まかせではまた事故が起こる」】
〈週刊朝日〉
[10/31 07:05]
東京電力柏崎刈羽原発の安全審査申請を「条件」付きで承認した泉田裕彦新潟県知事。
しかし、原子力規制委員には大きな不満があると激白する。
――原子力規制委は、汚染水問題に手間取る東電の安全体制が信頼できないと、東電の広瀬直己社長との面談を終えるまで、適合審査を延期する構えです。
規制委が作って7月に施行された原発の新基準については、どう思いますか。
欧米ではメルトダウンが起きることを前提に対策を立てています。
例えばヨーロッパでは、最新の原発にはコアキャッチャーという装置が付いていて、メルトダウン事故が起きても炉心をキャッチして冷却設備に流し込む仕組みを持っている。
アメリカでは01年の同時多発テロの後、“B5b”というテロ対策を作った。
どんなテロがあっても数時間で駆けつけて原子炉を冷却し、放射能の飛散を防ぐのです。
その点、日本の基準は不備です。
――日本の新基準には、そういう項目はありません。
今の基準はバッテリーが二重になっていて隣り合っていないかとか、機器や設備の性能に関するものばかり。
メルトダウン事故がいかに起きないようにするかという、「第二の安全神話」を作ってしまっている。
確率的に事故は起きるものなのに、いざというときに誰が危険な現場に突入するのかすら決められていない。
福島のように、事故が起きてからその場でまた「決死隊」を募るんでしょうか。
その辺りの法整備も、まったくできていません。
――原子力規制委の田中俊一委員長に面会を申し込んでいるのに、会ってくれないそうですね。
知事を「かなり個性的な発言をしている」と批判しています。
規制委に国民の命と安全と財産を本気で守るつもりがあるのか疑問です。
守っているのは、電力会社の財産ではないか。
規制委には地方自治に明るい委員が一人もおらず、断層のチームと原発設備のチームしかない。
新潟県は中越沖地震のときに原発事故との複合災害を身をもって体験しています。
渋滞で車が動かなくなって、緊急自動車もなかなか原発にたどり着けない。
そういう話を、彼らは聞こうともしないのです。
――田中委員長は、原発再稼働と住民の防災計画は「直結しない」と発言していました。
政府の中での役割として、原子力利用の安全確保に関することはすべて規制委の管轄なんです。
例えば、甲状腺の被曝を防ぐヨウ素剤の服用について薬事法の改正が必要な場合などでも、規制委は他省庁への勧告権を持っている。
原発の性能基準だけ審査して後はやりませんと言うのなら、責任回避以外の何ものでもありません。
――規制委は、自らの責任から逃げていると。
例えば福島第一原発事故のように原子炉への海水注入が必要となったとき、誰が責任を持って決断するのか。
規制委は「事業者の責任だ」と言うでしょうが、海水を注入して5千億円の原子炉をパーにする決断は、サラリーマンの現場所長にできるか疑問です。
経営者も簡単にできないでしょう。
万が一のときは安全のために国が補償します、というような制度を作るべきではないか。
だから、福島の検証と総括が必要なんです。
※週刊朝日 2013年11月8日号
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隣国、中国で天安門広場に車が突っ込み炎上すると言う事件があった。
中国政府などは、テロと断定している。
ウイグル自治区の人間による中国共産党に抗議する為のテロ行為らしいのだが、すぐ近くの国にまでテロの脅威が広まっている事は確かだ。
多数の原発を抱える日本は、テロに対して万全とは言えない。
あらゆるテロに対応出来る事も新基準に盛り込まれているが、テロを何処か遠くの国で起きている出来事と考えているのではないだろうか?
ある専門家は、原発がサイバー攻撃を受ければメルトダウンする可能性は高いと言う。
この事は、新基準に盛り込まれているのだろうか?
新基準は、原発事故を起こさない為の基準。
しかし、そんなものは、以前からあった。
以前からあったものに多少、色を付けたに過ぎない。
勿論、それらは必要な事だが、基礎的な事で、その基準が今まで甘過ぎたのだ。
新基準で重要視されている免震棟やベント。
免震棟があれば住民の被爆が防げるのか?
ベントも同じで完全に放射性物質を抑える事は出来ない。
非常用電源などは、メルトダウンが起こる前に活躍する物でメルトダウンが起こった後の措置・対応は、重要視されていない。
車で言えば、ブレーキが付いていてエアバックさえ装備されていれば事故は起きない。
万が一、事故を起こして相手がケガをしても自分は大丈夫だと言っているのと同じ事なのだ。
新基準を作った規制委員会も原発を再稼働・維持させる為の組織で住民の安全は地方自治体が考えるべきと発言している。
その事から規制委員会は安全の為と言うより電力会社を守る為に規制を行う委員会と言える。
『
――田中委員長は、原発再稼働と住民の防災計画は「直結しない」と発言…』
…住民の防災計画と原発再稼働を直径させると再稼働が遅れる。
原発事故を想定する避難計画は、困難を極め自治体だけで政策するには荷が重い。
その防災計画を待っていては、再稼働が大幅に遅れてしまう。
住民の安全対策は、後回しにして、まずは原発再稼働が先と言う訳だ。
電力会社を守る規制委員会だが、電力会社からの反発も多い。
活断層調査‐‐
例え活断層で廃炉に追い込まれる原子炉があったとしても、それは他の原子炉を守る為の「間引き」だ。
国も規制委員会も「福島第一原発事故を教訓に…」と言うが、教訓になっているのは、極一部、福島第一原発の全容さえ明らかになっていない。
これらの状況で二度と原発事故は起こらないと言い切れるのか!?
このままだと確実に第二の原発事故が起きるだろう。
そして、原発事故の責任は、曖昧にされ被害と負担が国民に押し付けられる。
【インタビュー:東電新支援策で国民負担増は不可避=冨山和彦氏】
ロイター
[10/28 11:09]
ダイエーやカネボウなどの再建を産業再生機構(2007年解散)でCOO(最高執行責任者)として手掛けた冨山和彦氏は、ロイターのインタビューで、東京電力に対する新しい支援策を導入することにより、税金や電気料金を通じた国民負担の増加は不可避との認識を示した。
同氏は「(現状が)東電の財政力、組織力に負荷を掛けるモデルになっているが、それが限界に来ている」と指摘した。
冨山氏は、福島第1原発事故の対応費用の出所として、
1)税金=国民、
2)料金=東電管内の利用者、
3)東電自身と株主・債権者などステークホルダー─の三者に分類。
「三者でどう負担していくのかを決めることが問題の根本だ」と述べた。
国民の納得を得るためにも、「客観的なデータを持ち寄って正直な議論をして、負担の選択肢を示した上で国民の選択に委ねるべき」と強調した。
冨山氏は現在、コンサルティング会社の経営共創基盤CEO(最高経営責任者)を務める。
「企業再建のプロ」として知られ、日本航空の再建計画策定に参加した。
経営関連などの著書も多い。
インタビューの主なやり取りは次の通り。
──(電力システム改革議論に参加した)伊藤元重・東大教授との2年前の対談で、東電の全体像が2、3年後に見えたら、処理策についてもう一度見直せばよいと指摘していた。
今はその時期にあたる。
「現状のスキームは緊急避難のもので、どこかで本格的なスキームに移行することが必要だ。
最終的にはカネがいる。
出所は、1)税金(全国民の負担)、2)電気料金(東電管内の利用者の負担)、3)東電・株主・債権者などステークホルダー、この3つしかない。
全体でどれくらいの負担であって、三者でどう負担していくのかが、根本的な決めごとになる」
──自民党の有力議員からは福島第1の分社化や廃炉庁などの意見が出ている。
破綻処理を主張する識者もいる。
「破綻処理スキームを使うとか使わないとか、『グッド東電、バッド東電』の分離、廃炉庁を作るなどの主張は、(負担を)実行するためのテクニック論だ。
どんなやり方をしても国民負担がゼロになることはない。
破綻処理で溜飲を下げるといったような、情緒論を持ち出すのも危険。
国民、利用者、東電・ステークホルダーの三者でどう分担するのかが、本質的な議論だ」
──東電から福島第1を切り離し、国内全ての原子力発電によるキャッシュフローで福島の事故対応の費用を賄うべきと主張する専門家もいる。
電気料金は多少は上がるかもしれないが、税金は不要だという。
「(原発を再稼働させれば)東電にキャッシュ創出力が増える。
それにより東電・ステークホルダーの負担が増える。
それだけのことだ。
税金と料金値上げを減らした方が美しいのだろうが、東電だけで全てが解決するという幻想は持たないほうがいい。
現行スキームは東電の財政力、組織力で頑張ってもらうという建前だが、限界に来ている」
「米スリーマイル島原発事故では(1979年の事故発生から)3年後に分担を決めた。
当時、ペンシルベニア州知事が主導して、州政府、連邦政府、電力会社自身と地域住民つまり料金で、それぞれ分担した。
民主主義に基づいて決めた」
──そうした議論を始めないといけないということか。
「そうだ。
旧国鉄の場合も、清算事業団に持っていった債務を実質的には税金で落とした。
当時の議論も、国鉄が経営改革すれば、国鉄自身のキャッシュフローで借金を返せるという欺瞞(ぎまん)で引っ張っていたが、中曽根(康弘元首相)さんのところで、『返せないものは返せない』としてある種の破綻処理をやって、返せないものは国民に負担してもらうと、正直にやった。
その政治的処方をみんな(今の政治家が)嫌がっている」
──東電の処理策と並行して原子力に関する議論が避けて通れないはずだ。
「その議論は必要だ。
原子力政策の議論は、(東電処理と)ちょっと次元が変わってしまうが関係性はある。
原発がどれだけ動くかによって、東電が生み出せるキャッシュの幅が変わる。
(放射性廃棄物の)処分場などより大きな社会的コストの問題は別だが、東電としては(原発稼働で)より大きなキャッシュフローを生み出すことが出来るので、そこは可変要因だ」
「ただ、原子力を動かすことで税金(の負担)がゼロになるような議論をすべきではないし、逆に東電を破綻させることによって税金が不要だという議論も同様だ。
観的データを持ち寄って正直な議論を国民に対して行って選択肢を提示し、どれを選ぶのがいいのか。
日本は国民主権だから、税金を使う議論は最後は国民が決めることだ」(インタビュアー:浜田健太郎、インタビューは23日に実施しました)
(浜田 健太郎 編集;田巻 一彦)
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必ず原発事故の負担は、最終的に国民が背負わされる事となる。
それなら、原発再稼働の是非を問うのは、政府でも規制委員会でも無く国民にその権利があるのではないか?
勝手に利権絡みで再稼働させられ、事故が起きれば国民が負担を背負わされるなど理不尽極まり無い!!
勿論、背負わされるのは負担ばかりでは無い。
原発から程遠い安全な場所にいる政府も規制委員会もその被害を負う事は無い。
放射能の恐怖にさらされ故郷を追われ住む場所を無くし生活基盤を奪われ先の見えない長期に渡る避難生活を余儀なくされるのは、我々国民なのだ。
これでは、原発事故の責任は国民にあり国民が原発事故に関する一切の負担を背負うべきだと言われている様なものだ。
今、日本で原発は1基も稼働していない。
貿易赤字の火力燃料も安価な燃料が仕入れ可能となるだろう。
日本は、原発無しでも事実上やっていける。
今、それを証明中なのだ。
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