【脱原発デモの主催者 オープンな雰囲気を作ることに心砕いた】
NEWS ポストセブン [8/3 16:06]
戦後最大級のデモが、3月末からほぼ毎週、首相官邸前で行われている。
計17回のデモで集まった人数はのべ86万人(主催者発表)。
特に大飯原発(福井県おおい町)が再稼働を始める直前の6月下旬以降は、数万人、数十万人規模に膨れ上がっている。
きっかけとなったのは、ツイッターでの呼びかけだった。
主催する「首都圏反原発連合」中心メンバーの女性でイラストレーターのミサオレッドウルフさんは、デモの盛り上がりに確かな手応えを感じている。
「原発再稼働反対、みんなただその一点のみで集まってきた人たちです。
官邸前の活動は行進をしないので、私たちはデモではなく抗議活動と呼んでいるのですが、このまま増えていけば、いつかは必ず政府も無視できなくなるでしょう。
再稼働を中止させるまで、私たちは抗議活動をやめるつもりはありませんよ」
デモの雰囲気は明るくて自由だ。
会場にサンバを流して踊る人もいれば、風船やシャボン玉が空中を漂うなか、おしゃれでカラフルなプラカードを掲げる参加者もいる。
行進をすることもなく、官邸前にとどまり、各々が「再稼働、反対!」と叫ぶ。
ただそこに立っているだけの人もいる。
「ルールなど気にしなくていい会場の空気がリピーターを増やしていった」と、放射能から逃れるための家族疎開を予定している作家の北尾トロさんは分析する。
「私も5月ごろから夫婦で、毎週交代で参加しています。魅力はとにかく“ゆるい”こと。 参加スタイルが個人に委ねられていて、それぞれの個性が発揮されています」
仕事帰りのサラリーマンがいきなりビジネスバッグからプラカードを出して「原発反対」と掲げることもあれば、OLがにこにこ顔で「飲みに行く前にちょっと来た」というノリで顔を出すことも。
「初めてデモに参加する人も本当に多くて、隣の人と『どこから来たんですか』と雑談できる感じもよかった。
同じ思いを共有する人がどんどん増えていって、幸せな一体感が生まれているんです」(北尾さん)
主催者のひとりである前出・ミサオさんは、この「オープンな雰囲気」をつくることにいちばん心を砕いたと明かす。
「デモでよくある団体旗を出したり、ビラを撒いたりすると一般の人ははいりづらい。
震災以降は、これまで関心がなかった人たちが、“原発はいらない”と思うようになった。
潜在する人たちをすくい出さなければ大きな抗議行動につながらないし、そういう人たちがはいりやすいようにして、数で圧力をかけたいんです」(ミサオさん)
通常のデモは平日や休日の日中に行われることが多いが、この官邸前デモでは多くが金曜夜6時にスタート。
この時間に設定したのも、「会社帰りのアフターファイブに参加しやすいため」(ミサオさん)だという。
※女性セブン2012年8月16日号
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このままデモが続けば政府も世論も更に無視出来なくなる。
しかし、一部でデモが終息してしまう懸念も聞かれる。
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現代ビジネス
[8/3 07:05]
【長谷川 幸洋】
*** 「バリケードを突破する」ことを目的にしない ***
週末の官邸前抗議行動についても触れたい。
7月29日の国会包囲デモで注目すべき展開があった。
多くの参加者たちが歩道から車道にあふれ出て一時、国会議事堂前の車道を占拠してしまったのだ。
たしかに人波は多かった。だが、あふれた車道の真ん中には「全学連」とか「早稲田大学」とか「津田塾大学」といった赤い旗がひらめていた。
その直前まで「再稼働反対」というコールが流れると、私の周囲の人々は「車道を開けろ」と声をそろえて応じていた。
これは初めてである。
車道に人波があふれた直後、主催者である「首都圏反原発連合」のMisao Redwolfさんが警察・指揮車の高性能スピーカーを使って「危ないから後ろのほうからゆっくり下がって」とか「キャンドルの火は消して」と呼びかけると、すぐ周囲から「やめろ」という声が上がった。
つまり街頭行動が少し激しくなってきた。
自然発生的な動きならまだしも、もしも組織的なグループが扇動していたとすると、先行きが心配になる。
挑発的な行動は少しずつ先鋭化していくかもしれない。
すると、普通の人々がついていけなくなる。
そういう懸念を私がツィッターでつぶやいたら、ツィッター上で「これまで煽っておいてマッチポンプ」とか「民衆の気持ちを無視している」といった批判があった。
私が抗議行動について書いたのは、7月18日付で公開したコラム「それぞれが自由に集まり、整然と帰っていく『個人』の力 ~代々木公園『さようなら原発10万人集会』で感じたこと」が最初である。
そこで、こう書いている。
〈 私がもっとも心を動かされたのは、官邸前の抗議行動が終わるときだった。
それまで官邸前でも国会議事堂前でも前のほうに進もうとすると、人の波が多すぎて、にっちもさっちも動けなかった。
ところが時計の針が7時半を回るころから、5人、10人と、前方から後方へと戻っていく人が出てくる。(中略)
抗議行動が終わる午後8時だった。
抗議のコールやドラムの音はまだ鳴り響いていたが、帰りを急ぐ人たちは黙々と歩いていた。
杖をついて歩く老夫婦がいる。
新党日本の田中康夫衆院議員が自ら現場で配った白い風船を手にした母子連れがいる。
(中略)
整然とした帰り姿。
私は、こういう終わり方を予想していなかった。
帰る彼らを見ながら、これは私が経験した70年代のデモとはまったく違う、と思った。
かつてのデモは文字通り「闘争」だった。
現場には明確な目標があった。
首相官邸だろうが街頭だろうが、警察が阻止線を張っていれば、そのバリケードを実力で突破する。
突破できなくても体当たりする。
それが70年代の戦いだった。
だが、今回の抗議行動にそんな目標はない。
街頭で声を上げる。
時間が来ればそれぞれ勝手に帰る。
それだけだ。
声すら出さず、ただ来ただけの人も大勢いる。
(中略)
70年代のデモはしばしば暴力的な行動を伴った。
だが、今回はまったくといっていいほど衝突ざたがない。
参加した人々にとっては「バリケードを突破する」ことなど、初めから目的ではないからだ。 〉
はっきりさせておきたい。
私が抗議行動を評価するのは、それが秩序とある種の品格を保ち、暴力を否定しているからだ。
だが「車道を開けろ」のコールが暗示するように、行動が次第にエスカレートして街頭での「対決」を目指すなら、話は別である。
まして、私が対決型の街頭行動を「煽った」などということは一度もない。
対決型のデモは1960年安保反対闘争、70年安保闘争と繰り返された。
それは結局、勝利しなかった。
今回、野田は抗議行動の主催者たちとの面会を検討しているようだ。
多くの声を無視できなくなったからだろう。
だが行動が先鋭化して、たとえば警察と衝突するような事態になれば、政府の対応も変わるかもしれない。
集団が意図的に秩序を乱していくなら、まずは秩序の維持回復が政府の仕事になる。
本日8月3日夕にも官邸前抗議行動が予定されている。
「人々の声」を消さないために、平和的な行動であってほしい。
(文中敬称略)
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産経新聞が7/29のデモで逮捕者(公務執行妨害)が出たと鬼の首を取ったかの様に報じた。
これまでの官邸包囲デモの延べ総参加者数は86万人!!
そんな、とてつもない参加者数のデモで逮捕者は2人にとどまっている。
これは、ほとんど奇跡的と言える。
これも、みんなが心の底から再稼働を反対し脱原発を願い、デモを継続させる為にも平和的にデモを行って来たからだ。
原発推進派からは、デモ参加者に対し「左翼集団」と騒ぎ立てているが、子供連れの母親やお年寄りの参加者も「左翼」なのか?と聞いてみたいものだ。
しかし、中には本物の「左翼」が入り込んでいるのも事実。
左派が勢いついてしまえば、過激なデモとなり一気に燃え尽きてしまう。
警察も左派や過激派が入り込んでいる事で規制(バリケード)を強化しているが、これは、規制と言うよりも警察が左派や過激派を煽っているとも考えられる。
過激な行動に及べば警察にとっても政府にとってもデモ終息の道筋が立つ。
左派や過激派が警察の挑発にのれば、官邸包囲デモは終わってしまう。
主催者の首都圏反原発連合もこの事を危惧して政府との直接交渉に望んだのかも知れない。
せっかく続いて来た官邸包囲デモ
左派や過激派に潰されたくない。
デモに参加している「一般国民」の人達は、左派や過激派に便乗しない様にしてもらいたい。
継続する事にこのデモの意味がある!
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